明治座ですよ。何とか会館とか公会堂とかじゃないです。そういう名前の会場は東京にも多くないです。そして、ポップス系のコンサートが行われることはもっと少ないという会場。場所もすごい。中央区日本橋。東京のど真ん中です。
住所は日本橋浜町。駅も都営新宿線の浜町か日比谷線の人形町。古き良き東京で最も粋なエリア。昔は花街とか芸者さんがいた一角。「明治一代女」という歌に”浮いた浮いたと浜町河岸に~”という歌詞がありました。
河岸というのは隅田川になるのかな。大川端。川沿いにそういうお店が並んでいた。浮いたと言ってもゴミが浮いたとか、死体が浮いたとか、そういうんじゃないですよ。浮いた話、男と女の浮世話って、何の話をしてるんだ(笑)。
そこで15日間行われている由紀さおりさんのデビュー50周年記念公演。15日間休演日なし。三部構成で長めの休憩を二回挟んでなんと4時間15分。あんなに長いとは思わなかったです。しかも今日と明日は一日二回公演でした。
由紀さんは一昨年のアルバム「歌うたいのバラッド~由紀さおりシンガーソングライターを歌う」が出る時に初めてお会いしたんです。アルバムの歌が素晴らしくてその実力を再認識させられました。
でも、ライブは見たことがなくて、今日が初めて。50年もおやりになってるのに初めてというのがすごいでしょ。何でだろう、テレビに出てる人、という認識だったのかな。業界が違った、ということでもあるんでしょうね。
1月に発売になった3枚組のベスト盤の原稿も書いたということもあってお誘いがあったわけです。デビュー50年で初由紀さん。会場もNACK5「J-POP TALKIN’」の完パケを終えて大宮からでも行ける。神戸は間に合いませんからね。
明治座はいわゆる”座長公演”。そもそもはひばりさんから始まったという長期公演スタイル。前半はお芝居、後半が歌という構成自体も見慣れないものでした。お芝居は昭和38年の東京人形町の食堂が舞台。当時は映画館がたくさんあったんだそうです。
実在だった映画館の看板がセットになっていたり映画のポスターがたくさん貼られていたり。彼女は”下町のヘプバーン”と呼ばれるその食堂のおかみさん。かなり楽しそうに演技してました。まあ、映画出演も色々あった方ですからね。
それよりもやっぱり二部と三部の歌。説得力ありましたねえ。声が出てるとか旨いとかそういう次元じゃない。貫録、年期、存在で歌っている感じ。今回はそういう趣旨らしく、自分の曲よりカバーの方が多い。全部自分の歌になってました。
まだ公演中なんで曲目は控えますが、忘れられないシーンがあったんです。誰もが知っているみゆきさんの名曲を歌っている時、客席でひどい咳をしているお客さんがいた。それも僕の前。風邪が流行ってるから仕方ないかとは思ってたんです。
でも、邪魔なことこの上ない。参ったなあと思ったら、彼女が「歌詞間違えました。もう一回歌います」と歌いなおしたんです。その歌がすごかった。カバーの多さで知られるあの曲をあんなに濃密に大きなスケールで聞いたは初めてでしょう。
その歌が圧巻だったせいもあるんでしょう、今度は咳払い一つ聞こえなかった。咳をしていた当人もまずかったと思ったのかもしれません。彼女の集中力が咳で途切れたという気もしましたから。でも、終わってからふっと思ったんです。
あれはわざと間違えた。それで客席をいったん鎮めた。あれはもう一回歌いなおすためのフェイントだったんじゃないか。もちろん、本人に聞かないとわかりませんけど、歌いなおした歌がそのくらい入り込んでたんです。
50周年。彼女は歌謡曲でデビューする前にすでにプロの童謡歌手でしたからね。60年以上歌っている。歌謡曲も純邦楽も洋楽も、どんな歌でも自分の歌にする。こういう女性歌手は、今、見当たりません。
森山良子さんがすでに50周年を越えてますけど、彼女はジャズやカントリーが出発点。由紀さんは日本の音楽から始まっている。その分、レンジも広い。1月に出た3枚組のベストのタイトルは「PASSING POINT」。つまり”通過点”でした。
大御所感が強いですけど、やっぱり生じゃないと。今日は歌いませんでしたけど、僕が認識を新たにしたのがこの曲。彼女が歌う陽水さんの「人生が二度あれば」。初めて聞いた時、鳥肌ものでした。じゃ、おやすみなさい。