という場所があります。港区の虎ノ門ですね。台湾の文化を日本に紹介する公的な窓口。台湾の新作映画の紹介とか、映画監督や作家の講演をやったりしてますね。日本で言うと文化庁の出先機関みたいなものでしょうか。
そこの所長さんが1月で定年で帰国されるので、40年来の友人である元広告代理店社長と送別のランチをしましょう、ということになりました。そもそもは台湾にCDを送れないかなあと思って、その友人に相談したところから始まってます。
彼は70年代に文化放送でやっていた番組の担当代理店の営業マン。僕は番組の構成者。しゃべっていたのはなくなってしまったDJの川村尚さん。当時ね。後に川村龍一という名前で関西の人気DJになりました。まだ東京で活動していた時ですね。
もう一人の出演者がデビューしたばっかりの八神純子さん。彼女は名古屋から通ってました。その友人は代理店の担当として、彼女の東京駅からの送り迎えなんかもやってました。その後、彼も偉くなって社長になるんですが、今はリタイアしてます。
で、彼が台湾文化センターにつてがあって、その寄付の話を持ち込んでくれたんですね。それはありがたい、と所長さんが先方の受け皿を探してくれたり、現地の音楽関係者を紹介してくれたりしました。
ただ、紹介して頂いたところは色々難しい問題もあって、実現しなかったんですが、この話の最初のきっかけになってくださった恩は忘れてません。というようなこともあっての食事会ですね。
平成が終わって、次の元号になる。どんな時代になるのか分かりません。特に音楽業界の人はそうでしょう。何しろ、アナログがCDになって、あっという間に配信になってしまった。ものすごい30年間。何がどう変わるか、誰にも予測ができないのは当たり前かもしれません。
でも、どんな風に変わってもアジアの中でのお付き合いが重要なことには変わりがないわけで、そんな一つの例になればなあ、と思ったりしてます。もし、ご興味あればホームーページをご覧になってください。
というわけで、曲ですね。僕の中の最初の台湾体験。CHAGE&ASKAのアジアツアーで、台湾の若い人のこの曲の日本語での大合唱を見たことから始まってます。音楽は国境を超えると教えてくれた曲、「SAY YES」を。じゃ、おやすみなさい。