この間、98年までの話をしましたよね。明後日の月曜日に放送されるのがPART3、99年から2003年。もう収録は終わってます。今は、その後の原稿を書くために色々資料を見たりしてます。これが時間がかかる。
そんなにかけてもしょうがないし、かけなくても出来るんでしょうけど、色々見ていると面白くなってしまう。あれはどうだっけ、この曲はどうだったんだっけとかやっているとあっという間に時間が経ってしまう。
仕事じゃないっすね(笑)。仕事というのはもっと効率よくてきぱきとこなして行かないといけないんでしょうけど全然そうならない。無駄というか横道に逸れっぱなし。それは、もうここも同じことですね。
何を書こうとしたんだっけ(笑)。そう、平成音楽史ね。99年から2003年。これも色んな事があったわけです。99年、大変でした。年明けLUNASEAのアジアツアーに同行したんです。台北・香港・上海。面白かったですよ。
今もそうですけど、アジアにロックバンドは多くない。彼らは否定してましたけど、当時のLUNASEAはビジュアル系と思われてましたからね。アジアでも日本で「ビジュアル系」と呼ばれるロックバンドのスターと紹介されてました。
そういうバンド自体が珍しかった。コンサート会場には公安警察がいっぱいいましたからね。95年、96年のCHAGE&ASKAのアジアツアーよりも警戒されてたかな。香港では失神者続出でした。
LUNASEAは5月にお台場で入場制限なしの10万人コンサートもやりましたし。前日か前々日か。台風が直撃、ステージが倒壊してしまって、それを借景にしてライブをやったんです。廃墟のセットじゃないです。本物の廃墟。かっこよかったですよ。
で、夏にはGLAYの20万人、ラルクの10万人二日間とかね。Bzの日産スタジアム二日間とか。ラルクの時は、前日が北海道初の野外イベント、RISING SUN ロックフェスの一回目。音楽雑誌の編集者たちは、前日、札幌で徹夜してそのままお台場に来てました。
さすがに僕は無理だ、と行きませんでしたけど(笑)。そうやって90年代が終わって2000年代になった。そして、2001年に9・11がありました。イラク戦争。21世紀に入っていきなりの戦争。そっから世界は違う方向に進んでしまった。
GLAYのTAKUROさんが「僕らが体験する初めての戦争」という言い方をしてましたね。彼は、個人で反戦サイトを立ち上げたりしてましたね。そういうアーテイストがたくさんいました。
新しいアーテイストも出てきましたし。98年から99年、宇多田さん、椎名林檎さん、MISIA、2000年に入ってからはBUMP OF CHICKENとか、キック・ザ・カンクルーとか、ラブ・サイケデリコとか。沖縄からモンゴル800ね。奄美大島から元ちとせ。
その一方でそれまでの活動とは違うところに踏み出した人も多かった。福山さんの「桜坂」が2000年ですよ。そんなに前か、という感じ。そして、2000年のサザンの「TSUNAMI」ね。「勝手にシンドバッド」とは違う姿を見せてくれました。
というようなことを60分にまとめて駆け足で振り返ったのが来週月曜日。もし、よろしかったら。後2週です。それにしても押しつまりました。寒くなりましたし。今年はどんな一年だったのかなあとふっとため息をついたり。
こうやって書いていても止まらなくなる。平成、楽しい時代でした。というわけで曲ですね。何だろう。GLAYで「Children in the War」かな。状況は何も変わってません。じゃ、おやすみなさい。