何となく猫の話が続いたんで、そう言えば今頃だったなと思って確かめたら、今日がトミーの命日でした。2008年の12月18日。ブログがありました。そうなんですよ。いつもは書きっぱなしで読み直しもしないで送ってしまってるんで、いつ何を書いたかは定かでないんですけど、残ってました。
曲がりなりでも日々の記録にはなってるんですね。もう10年以上書いているわけですから、忘れてしまっていることの方が多い。それが検索すると出てるんですよって、当たり前のことかもしれませんけど。でも、そうじゃなかったら、日にちまで思い出せませんよね。
その頃からお読み頂いている方はご存じでしょうけど、猫を三匹飼ってたんです。飼っていたというより一緒に暮らしていたという感じかな。隣の家で生まれた雌猫が美也子、彼女が二匹しか生まなかったんですね。お姉ちゃんがトミーで、弟がジミーでした。
もう少し数が多ければ、友人に引き取って貰ったりということもしたんでしょうけど、二匹じゃ、何となく姉弟を引き裂くみたいな気がして、そのまま暮らすことになりました。母親と姉・弟ですからね。母子家庭が一組同居してる感じでした。
毎晩、美也子とトミーと散歩をしてたんです。二匹が自分のテリトリーをトコトコと歩いて行って、僕はその後をついて行くだけ。近所の畑の土で遊んだりして、そろそろ時間だぞ、とか言って羊を追い込むみたいに家に帰るわけです。
首綱も何もありません。放し飼い、というのかな。放し散歩。そもそもは斉藤和義さんのインタビューの時に、彼が「一緒に散歩するんですよ」と言ってたんですね。僕も、「紐とか、なしで?」と訊いたわけです。そうしたら、彼が、猫は自分のテリトリーを行くんで、僕は後をついて行くだけ、と教えてくれました。
で、或る日、トミーが外に出たがってるんで、出したら、美也子も興味津々でついてきて、習慣になったんですね。その後に気分転換でこのブログを書いていたんで、こういうタイトルになりました。美也子は、2007年の3月に死んでしまいました。18才かな。
翌年、トミー、その二週間後にジミーも後を追うように逝ってしまったんですね。その時、ブログのタイトルを変えようかとも思ったんですけど、その頃読まれた何人かの方が「このままで」というんで、こうなってます。
トミーの最後は、壮絶でした。腎臓が駄目になっていてトイレが思うようにならない。周囲にまき散らしたり、自分がまみれてしまって悲しそうな声を上げたり、満足に歩けないのに、階段を上がって僕のところに来ようとして転倒してしまったり。息を引き取る前に抱いて外に出たら、気持ち良さそうに深呼吸したのが印象的でした。
猫は家になついて人にはなつかない、とか言われてますけど、ジミーはカミサンっ子でトミーと美也子は僕でした。足音が聞こえると玄関まで迎えに来てましたからね。結局、三匹とも僕の手のひらの中で最後を迎えました。死ぬ姿を人に見せないというのも俗説なんでしょう。
というようなことを思い出してました。あれから8年か、という感じですね。ただ、三匹を看取ると、もう次は良いかな、という感じで、その後は飼ってません。そう言えば、ある猫好きの作家の方が、読んでくださっていて「田家さんの猫の話は文学ですよ」と言われたのは嬉しかったです。
これからは、猫じゃなくて、僕らがそういう時を迎えるんでしょうけどね。その時まで、このブログが続くと良いかなと思ったりしてます。というわけで、昔話でした(笑)。曲ですね。斉藤和義さんに感謝の気持ちを込めて「歩いて帰ろう」を。じゃ、お休みなさい。