金曜日に戻ってました。さすがに結構疲れてました。すぐにNACK5のスタジオがあったり、オフクロが骨折したりで、息つく暇もないという感じ。昨日のライブは失礼したんですけど、今日は昼まで起きられませんでした。
それにしても、4泊5日の台湾は、色んな事を教えてくれました。知らなかった台湾、特に、今、若者たちを中心にして、どこに向かっているかという現実、そうなんだ台湾、という発見の連続でありました。
今、台湾が目指しているように見えたのは”自由”ということでした。特に文化やエンターテインメントに対しての理解。民間と行政のタッグ。日本では考えられないことがずいぶんありました。たとえば、日本で言えば国会前広場でフリーコンサートは許可されないでしょう。
でも、台湾はそうじゃない。僕が会ったヘビメタ国会議員の部屋には、中世記念堂という由緒ある建物の前での野外コンサートの写真がありましたからね。日本で言えば文化庁の長官になるのかな、行政の責任者の女性に聞いたら、そこでのコンサートに特別な申請は要らないと言ってました。
げ、でしょ。街の中心にある煉瓦造りの元煙草工場が、学生に開放されたアート空間になっていたり、老舗の酒蔵が、ライブハウスになっていたり、街中の公園を使った野外フェスが企画されていたり。それを行政がバックアップしてるんです。
日本でも横浜の赤煉瓦とかありますよね。あそこは、飲食店がひしめくだけという感じですが、そういう商魂が見えない。古い家がゆったりと本を読める喫茶店に改造されていたり、温故知新が文化になっている。
それでいて台北は、地下鉄も走って近代的な街で緑も多い。一昔前の雑然としたアジア的な空気はもうないですね。食べ物もおいしいし、みんな友好的だし、居心地のいい島でした。台北以外にも見所は沢山あります。今回は乗れなかったですけど、新幹線も走ってます。
日本の音楽に対しても、概して好意的だったんですけど、意外だったのは、ラジオから流れたりしてないことだったんですね。日本の音楽の情報がネットしかない。もっと色んな音楽が紹介されているかと思ってたら、そうじゃないんです。
台湾は戦後、1987年まで戒厳令が敷かれていて、外国の音楽は禁止されてました。ですから、そこまでの日本の音楽はほとんど紹介されてない。演歌が今でも聴かれているのは、戦前のなごりでしょう。フォークやニューミュージックという70年代の音楽はごっそりと抜けている。
何とか出来ないかなあ、というのも今回の取材の率直な感想でした。サザンやチャゲアスは、戒厳令以降にどっと入っていった中にあった音楽だったんでしょうね。それと著作権ね。僕が知らない法的な縛りも色々あるようでした。そういうのは今後の課題かなと思ったりしてます。
というようなことを、どっかで書くことになると思うんですが、それもこれからですね。でも、4月以降の慌ただしい状況はようやく一段落。自分のペースを取り戻さないとという感じです。6月、原稿が色々あります。氷室さんのツアーもね。
あ、カシアス・クレイがなくなりましたね。モハメド・アリ。英雄でした。そうか、人は死ぬんだなあという妙な感慨がありました。というわけで、THE BOOM「神様の宝石で出来た島」を。じゃ、お休みなさい。