昨日、あんなこと書かなきゃ良かったかなあと思いつつ、ですね。消しちゃおうかなとも思ったんですけど、コメントも書き込まれてましたからね。人が書いたものを消すのね。どなたかは存知あげませんけど、その人の了解なしに消すのは後ろめたいものもありますし。
自分で書いておいて言うのもなんですが、ああいうことを書いてしまうと、ブログの難しさを感じたりしますね。個人的な日記のようなものとは言え、どこまで書くべきかとか、何のために書いているのかとか。最近、ブログをやめてフェイスブックやツイッターに変える人が増えてるのは、そういうことなんでしょうね。
そんなに長々と書かない。用件と連絡事項的なことや思っていることを簡潔につぶやくだけにする。突っ込まれないような書き方というんでしょうか。でも、それで面白いかなと思ったりする方なんですよ。ダラダラと書いた方が自分の中でカタルシスがある。
じゃあ、公開なんかしなくても良いんじゃないの、勝手に書いてれば、という考え方もありますよね。でも、それも物書きの性といいますか、読まれてこそナンボみたいな感覚もあるわけです。自分だけの一人事では満足出来ない。例え少数でも読まれた方が、書き甲斐がある。
押しつけてるつもりはないんですよ。そう取れるのかなあ。押しつけるというのは一種の強制力をともなうわけです。確かに、一方的に書いてるわけですから、それを”押しつけ”と感じる人もいるのかもしれませんけど、じゃあ、押しつけじゃない形とはどんな形なんだろうとも思うわけです。ラジオ番組だって、そういう意味では”押しつけ”とも言えるわけですからね。
フェイスブックがどこか味気ないなと思ったりするのは、”友達”に向けて書くものだからかなという気もするんですよ。不特定多数に向けられてない。一種の仲間内というんでしょうか。誰でも読める、どんな方が読まれているのか分からない、という方にひかれるわけです。
寝る前に、その日思ったことをいたずら書きのように書く。時には、読まれている方の意見や考え方と違うこともある。それ以上気にすることはないと思ったりもするんですが、でも、気にしちゃうという人情かなと思ったり。ごちゃごちゃ言ってすみません(笑)。
昨日に続いて、うーん、難しい。こんなこと書くつもりじゃなかったんですけどね(笑)。曲ですね。いきものがかり「泣くもんか」。タイトルの”どうしたもんか”に合わせただけで、何の意味もありません(笑)。じゃ、お休みなさい。