昨日の書き込みにありました。”あなたごときに語られたくない”。何だか妙に感慨深くなって、この言葉が一日脳裏にありました。何々ごとき。その程度の代物、その程度の力しかない人物、くだらない、取るに足りない奴。相手や対象を見下したり、軽蔑したりする時に使う言葉ということになるのかな。
自分に対して使う時もありますもんね。俺ごとき、とか私ごときとか。自分はこんな取るに足りない人間なのに、なんでそんなに大げさに言われるんだとか。今回の場合は、前者の方でしょうね。お前みたいに取るに足りない人間に語って欲しくない。
書かれた方の気持ちが分からないでもないんですよ。自分の一番大切にしているものを、そんなに簡単に分かったような顔で語って欲しくないという苦々しい気持ち。ふざけるな、辞めてくれよ、という感じでしょうか。
僕もありますからね、というか、ありましたからね。自分の好きなアーテイストやバンドのことを、さも知った顔で評論されたりした時に、「お前に何が分かる」みたいに破り捨てたくなるような苦々しい気持ち。そう思われる側にいるんだなあ、と突きつけられたような気もしました。
書き方がいけなかったのかな。それよりも、普段の日頃の仕事が気に入らないということだったのかな。あっち行っていい顔をして、同じようにこっちでもいい顔をしてるように見えるんでしょうね。まあ、そうじゃないとは言えませんけど。
難しいですよねえ。かと言って自分で思ってないことは書いてませんし、好感を持ってない人には会いませんし。いやいや仕事でやってるわけでもないです。ストレスを感じないというのは、そういう結果でもあるんだろうなとも思ってるんですよ。
でも、そのアーテイストやバンドを誰よりも愛していたり、大切にしている人のところに届いてない、むしろ反発されるわけですから、言葉足らず、表現力不足、不徳の致すところ、ということになるんでしょう。この先を見ていて下さい、としか言いようがないです。
というようなことを踏まえつつ、聞いて頂ければと思うのですが、映画と音楽のファン気質の違いについて考えたりするんですよ。音楽の方が映画よりも個人の内面との密着度が高いんだと思うんですね。そのジャンルしか聞かない、その人以外は認めない、という頑なさ。
映画ファンで、一つのジャンルしか見ない、という人はそんなに多くない気もするんですけど、どうでしょう。戦争映画しかみないとか、ホラー映画しか見ない、アニメはいそうですね。音楽はそうじゃないですもんね。ロックしか聞かない、自分の好きなバンドしか聞かない。
もちろん経済的な理由も絡むんでしょうけどね。幸い、色んな音楽を聴くことで仕事になっているわけですから、それを生かしたいと思ったりするんですが。力不足なんでしょうね。というようなことを考えておりました。曲、ですね。どうしましょうね。理由はないですけど、斉藤和義さん「君の顔が好きだ」を。「君の顔が嫌いだ」という方も、是非。じゃ、お休みなさい。