二日続けて原稿でした。「B・PASS」のGLAYの函館ライブとBUMPの千葉マリンフィールドのライブレポ。GLAYの方は割と長かったかな。でも、音楽雑誌は文字量に限りがあって、なかなか書ききれないこともあるんですね。まあ、書く場所があるだけマシという消極的な肯定感もあるわけですが。それじゃ、いけないなあという感じです。
色んな事があって、頭がうまく切り替わらない。これから書こうとすることに没頭するのに時間がかかる。これも年なんでしょうねえ。半日くらいしないとそういうモードになれない。夏ばてもあるのかな。ないわけはいか(笑)。だったら自重しろ、ということでしょうが。
というようなことを書こうとしたんじゃないんだ。今日は8月15日。この日に前より意味を感じてしまうのは年のせいもあるんでしょうね。でも、年々、世間の空気も変わってきてるみたいですし。これからどんな日になってゆくんだろうという憂いもありながら仕事をしてました。
この間、清志郎さんのことを書いてたんですよ。そんなに大げさな原稿じゃなかったんですけど「終戦記念日と清志郎さん」という感じの内容でした。8月15日、RC時代にもライブを恒例にしていたことは関係してましたけど。それよりも、彼がこだわり続けた”自由”ということに触れたかったんですね。
有名なのが、2003年の「アースデイ」のことでしょうね。FM各局が放送する武道館のイベントで、予定になかった「君が代」と「北朝鮮」をテーマにした曲を歌った。でも、改めてこの話を思い出したのは、清志郎さんの後に登場した佐野さんのことなんですね。彼は「自由に歌える国に生まれて良かった」と発言してその場を納めたんですよ。
8月15日は、終戦記念日ですし、戦争が終わった日として語られますが、”自由に歌える国”になった日でもあるということなんですね。それまでは、アメリカの音楽は禁止されてましたし、軍歌以外は歌えなかった。もちろん軍部や政府の批判を歌おうものなら牢屋に入れられたわけです。
またそういう国にならないことを願う日。8月15日はそういう日でもあると思ってるんですね。清志郎さんにとっては、日本はもうそういう国じゃなくなっていた、ということなんでしょうが。ということで、相変わらず繰り返される靖国問題のニュースを見ながら書いてます。曲を。RCのデイランのカバーで「アイ・シャル・ビー・リリースト」を。