いきなり実名ね。どなたさんですか、というお若い(!)方もいらしゃるでしょう。70年代にベルウッド・レコードというレーベルを立ち上げたプロデユーサー。その後、フォノグラム、徳間ジャパンなど、個性的なカラーを持ったレーベルを作った、まさに歴史を作った1人です。
ベルウッド・レコードは今年が発足40周年。三浦さんは一時体調を崩されていたようだったんですが、復帰されたこともあって、その祝賀パーテイがありました。と言ってもキングレコードの先輩後輩が集まるというとってもファミリアスなパーテイでした。
ベルウッドというのは、エレック、URCと並んで、70年代の三大インデイーズレーベルですね。他の二つと違うのはキングレコードというメジャーの中にあったことでしょう。三浦さんも、キングの社内にいながら、そういう新しい試みをした人でした。
彼の仕事を集めた「三浦光紀の仕事」という4枚組のCDが5日に出たんですよ。4枚組、一枚目と二枚目は三浦さん自身の選曲、3枚目はエンジニアのパイオニア、吉野金次さんの選曲。彼は、はっぴいえんどのエンジニアとして名を上げた人ですね。佐野さんの「SOMEDAY」も彼です。やはり伝説のエンジニアね。
4枚目が矢野顕子さんが自から歌ったベルウッドのカバー集。矢野さんのデビューも三浦さんでした。4枚組に名前の出てくる人は、はっぴいえんど、細野晴臣、大瀧詠一、はちみつぱい、あがた森魚、矢野顕子、小室等、高田渡、山平和彦、友部正人、南正人、加川良、桑名晴子、西岡恭蔵、喜納昌吉とチャンプルーズ、大塚まさじ、中川五郎、いとうたかお、ごまのはえ、という顔ぶれ。すごいでしょう。
エレックは拓郎さんの後、泉谷しげる、古井戸、ケメらを擁して女子高生に人気のあったレーベルでURCは岡林さんや、五つの赤い風船など関西系の色が濃かったのに対して、都会的な新しい音楽という印象が強かったのがベルウッドでした。音も、若干大人っぽかった。だから今聞いても古くないわけですが。
この4枚組は12月5日に出たんですが、その前にベルウッドから出た40タイトルのアルバムが一挙にCDになったんですよ。これも膨大。1人のプロデユーサーの仕事としても燦然と輝いています。僕はその頃、長髪のヒッピー風情で文化放送を中心に構成作家をしてました。
長髪にジーンズ。局の中でも異分子。ベルウッドのようなレーベルやそこで送り出される音楽がなかったら、きっと、居心地が悪くて途中で辞めてたでしょうね。こういうアーテイストがいる、こういう音楽がある、ということがせめてもの支えでしたし、励みでした。大げさに言ってしまうと、こういう音楽があるから生きて行ける、という感じかな。テレビの番組名じゃないですけど、”僕らの音楽”という感じでした。
良い時代だったのかな。それはよく分かりませんが、そういう音楽を持てたことは幸せだったんじゃないでしょうか。 というようなことを改めて思い出しました。そんなパーテイというか食事会に呼んでもらえたことに感謝です。好きだった曲、一杯ありますよ。冬だし、これかな。あがた森魚さんで「大寒町」という曲を。
あ、地震、大丈夫でしたか。JR中央線は止まりませんでしたよ。だから、気付かなかったです。かなり揺れたようですね。3・11を忘れない。じゃ、お休みなさい。