どんな2人なんでしょうか(笑)。田原さんは、昨日書いた総一朗さんね。若松さんは、そう、亡くなったんですよね。若松孝二さん、監督ですね。交通事故で入院していたそうなんですが、容態が急変、帰らぬ人になりました。何で、2人並べたかというと、時代が重なるんですよ。
若松さんは、76才。田原さんの少し下ですけど、世代的には近いと言っていいでしょうね。根底にあるものに共通点を感じるというんでしょうか。出方は違いますけど、権力というか、強いものになびかないという姿勢みたいなものも似ている気がするんですよ。
田原さんがジャーナリストになって政治に向かっていったとき、向いてるなあと思ったんですね。ドキュメンタリーの取材相手は、必ずしも強い人ばかりじゃないわけで、時には、取材する側が、相手を威圧するみたいな場面も出てくるんですね。彼のスタイルは、相手を”逃がさない”という”追い詰め”型でしたから、”いじめている”ように見えることもあったりします。
相手は政治家とか、強い人、権力を持った人であれば、その舌鋒は鋭ければ鋭いほど冴えるわけですから。あの”なびかなさ”が生きるだろうな、と思ったんですよ。まあ、その通りになりましたけど。根は、弱い者の側だったりするんですよ。で、若松さんですね。田原さんと違って、お会いしたことはありません。
でも、重なるんですよ。60年代後半から70年代の前半。田原さんが、そういう迫真のドキュメンタリーを撮っていた時、彼は、ピンク映画だった。ピンク映画、死語でしょう。桃色。クローバーズじゃないですよ(笑)。エロ映画。新宿の映画館でよく見ましたね。
政治と性、そして、暴力。当時の言葉を使えば”抑圧”されている人達の表現。一貫してましたね。時代が変わって、当時、同じような場所にいた人達がいなくなって、それでも自分がこだわっていたことを撮り続けていた。「連合赤軍」が若い人達の間で見られていると聞いた時は、頭が下がりました。
自分のことも含めて、あの頃に学生だった人達にとっては”思い出したくないこと”にもなってましたからね。僕も見てませんし、見たいとも思わなかったですし。どうかなあ、これを機会に見るかなあ。見ないだろうなあ。でも、あの頃に彼の映画を見ていた、という事実も記憶も消えません。
2人とも戦争を知っている世代というのはあるんでしょうかね。物心ついてから、価値観が一変するという経験をしている。政治とか権力の理不尽さも見てきている。どこかで何も信じてないのかもしれませんね。その世代の方達が、どんどんいなくなる。お前達はどうするんだ、と言われてるみたいです。
ということで古い話になりました。古い話には古い音楽がよく似合う。JACKSというバンドがありました。当時風に言えばアングラです。彼らは若松孝二作品の音楽をやってました。じゃ、彼らの曲で「からっぽの世界」。ニヒルな歌です。放送禁止でした。今もかな。じゃ、お休みなさい。