てなことを考えておりました。というほど真剣でもないですが。昨日、「ANNG」で拓郎さんの新作アルバムの中の「僕の道」という曲を聞いて思ったりしていたことなんですけど、今日も、そんな出来事があったりしました。そう、昨日は、やっぱり新作あってこそだよなあ、というのが発端だったかもしれませんね。
ステージで元気に歌っていれば現役ということにもなるんでしょうけど、ソングライターとしての現役性は新作ということなんでしょうから。過去の財産とか、実績を振りかざすではなく、自分の今を作品にすること。拓郎さん、ツアーこそやってないけど、やっぱり現役だよなあ。と思ったりしたわけです。
そういうことが今日は二回あったんですね。一つは、原稿を書こうかなと思いつつ、YOU TUBEで「WILL YOU LOVE ME TOMORROW」を見たりしたせいなんですよ。たまたま書こうとしていた原稿の中でその曲が出ていた、ということだったんですが、YOU TUBEを見て涙ぐんでしまったんですね。
ポップスファンはご存じでしょうけど、作曲はキャロルキング。最初に歌ってヒットさせたのはザ・シュレルズというアメリカのガールズ・グループ。1961年かな。それがあったんですよ。良かったんだなあ。キャロル・キングとかノラ・ジョーンズとか色々ありましたが、やっぱりザ・シュレルズが良かった。
これだよなあ、という甘酸っぱい感傷に浸ってしまい、ついつい涙が、でありました。1時間くらいそんなことしてたのかな。60年代前半のアメリカン・ポップスのレアものが映像が結構たくさん出てきたんですよ。そういう時間を過ごしたいなあと思ったり、還るところはここなんだろうなあと思ったり。
でも、今、そういう仕事はしてませんからね。会社員だとリタイアして好きな音楽に没頭ということになるんでしょうけど、そういう感じでもないですし。だからと言って、今、見たり書いたりしている音楽が嫌いとか、仕事でいやいややってるとか、そういうのでもないですよ、もちろんのこと。
それでまた現役性、というようなことが浮上してきたわけです。ジャーナリストとしての現役性は、”今”の音楽と向き合っていること、今の音楽を語っていることなんだろうな、と思ったんですよ。そこでの緊張感がなくなったら、過去の人、ということなんだろうなとか。
作っている人はそうじゃないですけどね。その頃の音楽を下地にして新作を作ってる人は沢山、でもないか、何人かはいますよね。達郎さんとか浜田さんとか、拓郎さんや矢沢さんもそうなるのかな。じゃあ、僕らは、そういう音楽とどう関わるのか、とかね。ま、ごちゃごちゃ考えていたわけです。
で、今日、さっきだ。学生時代の友人たちの集まりがあったんですね。7人かな。地方に帰って県議会の議員になったヤツが定年で東京に挨拶に来る、というんで集まったわけですが、ま、それぞれでした。会社を興したけれど、親会社に乗っ取られて追放されて、また会社を興したヤツとかね。
まあ、定年になって関連会社の顧問をやってるとか、何もしないで年金暮らしとか、ほんとにみんな違ってましたけど、面白かったですよ。で、そこでも”現役”というテーマにぶち当たったりもしてね。昔から、そういう場所で浮いた存在ですし、向こうも、こいつに話してもしょうがない、みたいなところもありましたから、今に始まったわけじゃないですけど、結局、俺は、俺でやるしかないよな、というところに落ち着くわけです。
どこまで”今の音楽”と関われるか。そのうち必要とされない時も来るんでしょうし、そうなったら、どっぷりアメリカン・ポップスにでも浸かれば良いか、という感じでした、って何を書いてるんでしょうか(笑)。というわけで、ザ・シュレルズの「WILL YOU LOVE ME TOMORROW」、聞いてみてください。じゃ、お休みなさい。