かまやつさんの曲じゃないです。今日も出ませんでした。デナイデナイ男。デナイというのはスペルにするとdeny。拒否する。拒絶する。ノーという。ノーノーボーイか、という瞬時の連想ゲームでありました、ってだからどうした、という感じですけどね。ま、良いじゃないですか。
なかなかはかどらない原稿。手帳にはライブの予定が色々書き込まれてるんですが、今、やらなければいけないことは何だ、と自分に言い聞かせてます。今週、色んなライブありますけど、涙を飲んでます。飲んだ涙はどこへ行くか。涙と唾は同じ場所に行くのか。同じ場所に決まってるじゃんね(笑)。
涙と唾の行く先が違ったら、どうなるんだろうね。どうやって仕分けるんだろう。涙は唾より水分濃度が薄い、その分多少塩分があるとか。唾は口臭の名残があるけど、涙は無臭であるとか。花粉症の人の涙は多少花粉の色がついているとか。ついてるわけないけどね(笑)。
何だっけ。涙を飲んでるという話だ。じゃなくてノーノーボーイだ。そうだ、そういうタイトルの小説があるんですよ。大昔、30年くらい前かな。古本屋で見つけたんですよ。古本屋、死語かなあ。昔は時間があると行ってたんですよね。今、行かないもんねえ。
晶文社という出版社でしたね。戦時中のアメリカ在住の日系移民の話でした。日系移民の収容所というのがあったんですよ。もちろん僕も戦後生まれですからリアルタイムでは知りませんけど。そこの青年の話。ノーノーボーイというのは、二つの「ノー」から来てるんですって。
戦時中、アメリカに忠誠を誓うか、もう一つは従軍の意志があるか。両方とも「ノー」というとそのまま収容所に送られたんで、そういう言葉が生まれた、ということでした。その本を見つけた時、かまやつさんと一緒に番組をやってたんですが、彼も知りませんでしたね。
かまやつさんのお父様は日系二世だったんでひょっとしてと思ったんですが、そうじゃなかったみたいです。何の話をしてるんでしょうか。デナイだ。そう、古本屋ですよ。今、ネットですもんね。植草甚一さんだっけ「僕は散歩と古本屋が大好き」と言ったのは。違ったかな、タイトル。
違うね。「僕は散歩と雑学が大好き」か。失礼。でも、植草さんの古本屋通いは有名でしたよね。今、生きてたらどうされてたのかな「僕はネットと雑学が大好き」という感じだったのかな。ネットサーフィンという言葉があるわけですから、ネット散歩というのもあるんでしょうから。
もし、原稿がなかったら、毎日でもライブに行くんでしょうけど、それじゃ生活出来ないしね。というような愚痴をいつまでこぼしてるんでしょうか(笑)。明日もノーノーボーイですよ。拓郎さんのアルバム完成したんですね。インタビューはやらないみたいですから、リスナーとして楽しみにしましょう。
というわけで曲だ。ここまでこの曲の話をしたら、これしかないか。かまやつさんで「ノーノーボーイ」を。明日、ダルビッシュと黒田。ちょうど朝飯時間ですよ、ラッキーかな。じゃ、おやすみなさい。
かまやつさんの曲も素敵な曲ですよね。スパイダーズ時代の名曲。当時のGSの曲としては群を抜いてお洒落でした。