「MIND OF MUSIC・今だから音楽」の明日の特集です。「全曲BOO/WYライブDVD発売・氷室京介FROM BOOWY TO HIMURO」という長いタイトルの特集。この番組のタイトルは割と長いものが多かったり、番組の途中でどんどん長くなったりなんですが、明日は最初から長いです。
6月11・12日に東京ドームで行われた東日本大震災チャリテイライブのDVDを使った特集。ライブ音源も流せます。もちろん全曲じゃないですけど、半分くらいはあの日のライブで構成できそうです。マネジメントから流して良い曲も連絡が来ましたし、ラジオ用に音も作り直してくれました。
今年は、この番組でBOOWY関連は三回目かな。一回は東京ドームライブの直前週に、勝手に応援BOO/WY特集」をやりましたし、9月には布袋さんのヒストリーライブのDVDを使った特集もしてます。布袋さんの歌うBOO/WY楽曲も流してます。ま、好きなんですね。
来週の17日からツアーも始まりますし。初日が幕張メッセですからね。50才になってから最初のツアーということになります。「BORDERLESS・FROM BOO/WY TO HIMURO」。本来なら6月のドームはそういうコンサートになる予定でしたね。巡り合わせでしょうか。
50代最初ね。そう、そういう年齢もジョンレノンが一つの物差しだった時代がありましたね。拓郎さんは30代に「ジョンが死んだ40までは歌う」と言ってましたし。若者の音楽だったロックンロールのヒーローが大人になってゆく。そのシンボルがジョンレノンでした。
自分の話をしますね。自慢話っぽくなると嫌なんですけど、自慢話になっちゃうかな。40の誕生日、ニューヨークにいたんですよ。中村あゆみさんのレコーデイングでした。86年9月。そのスタジオが、ジョンの「ダブルファンタジー」のレコーデイングで使ったスタジオだったんです。
しかも、その時のエンジニアが「ダブルファンタジー」のアシスタントだった人。彼に話を聞いていて「80年12月8日のことを聞きたい」と言ったら、彼が、「今、あなたが座っている椅子にジョンも座ってたよ。レコーデイングが終わって、じゃ、明日」と言って出て行ったら、しばらくしてテレビのニュースが死んだと伝えていたと言うんですよ。
みんなでジョンも冗談が好きだからなあ、と言ってたら本当だった、と言われて、男泣きをしてしまいました。まさか自分が40才の誕生日を、ジョンが最後に使っていたスタジオで過ごせるなんて夢にも思わなかったですから。感慨深かった、というような次元じゃなかったです。やっぱり自慢ぽいかな。
僕は、子育てをしていたクレーマー時代があるんですけど、その時に、ジョンもそういう育児生活をしてるんだ、ということが励みであり支えだったこともあったんですね。音楽を超えた共感というのはそういうところにもありました。不良の音楽だったロックンロール、そのヒーローだったジョンが父親になる。見本でありました。
ということを一昨日書こうかなと思いつつ、個人的だなあと思って控えてしまってたんですが、ま、いいか、という感じです。というわけで、明日、楽しみであります。曲ですね。やっぱりこれです。「DREAMIN」。6月12日バージョン。お客さんが歌っている割合の方が多いです(笑)。じゃ、お休みなさい。