8月になって初、ですね。丸々一週間空いたということか。そういう時があるんですよねえ。特に最近は。何だか冴えない。まあ、このくらい空いてしまう時は、よっぽど余裕がない事態になっているか、気分的にぱっとしない時かどっちかですね。
余裕がないというのは、簡単ですね。時間が勿体ない。まずは睡眠、という状態になっている時。何はともあれ、やらなければいけないことが終わればさっさと寝ようという感じになっている時。気分的にパットしない、というのは、そういう時ですよ、パットしない時って、そのままだね(笑)。
何をやっても「何だかなあ」という感じ。自分の居場所がないように思えたり、自分のやるべきことがもうないんじゃないか、と漠然とした不安感や疎外感につきまとわれている時、元気そうな人を見ると返って落ち込んでしまったりするような時。あるんですよ、やっぱり、そういう時が。
こういうのを初老性プチ鬱なのかな、と思ったりもするんですけど、ほんとにそうだったら、そんな風に自分の状態が冷静には分からないんでしょうけどね。色んなことが無意味に思えてしまうような時。世の中にはそんなことはしょっちゅうあると分かっていても、落ち込みの原因になってしまうような時って、しつこいか(笑)。
良いことや楽しくなりそうなこともあるんですけど、そんなことをわざわざ書いてどうなるんだ、的なやり投げ、じゃない、投げやりな気分。 あーもう、何をどうでも良いことをごちゃごちゃ書いてるんでしょうね。先週の週末はご機嫌だったのにね。
我ながらこのアップダウンが怖い(笑)。これもAB型の習性かもしれませんけどね。ライブも行ったんですが、ライブは良くても、会場で目にした業界的な光景がそういうマイナスの作用をもたらしたりね。自分でも、この業界が好きなのか、嫌いなのか、分からなくなる時がある。純粋に音楽だけ好き、ということじゃ終わらないものもあったりするわけです、って何だか、奥歯に物が挟まってるね。誰かの鼻の穴から手突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせられたら、楽でしょうね、藤田まことさん、って知らないよね、そんなギャグ(笑)。
立ち回りのうまいヤツが勝つというのはどこの世界でもあるわけだから、そんなこと言っててもしょうがないんだけどねえ。ま、こうやって書いて少しは気が楽になるということもありますね。後、そんなに長くないんだから、周りがどうとか思わないで、淡々と終わって行くのが良いんでしょうね。
そう、前田武彦さんも亡くなったし、若いけど、サッカーの松田選手も悲劇的だったし、今日、ジョー山中さんもとうとう最期を迎えたし。そういうことも関係するのかなあ。諦める力、ね。今日の花巻東高校の帝京戦は”諦めないこと”の美しさを見せてくれましたけど、反対もあるんでしょうね。
諦める力、というのかな。諦観力。幻想を持たないことから生まれてくる自然体の力。定年退職した人たちは、そういう力が備わって行くんでしょうね。でも、”力”というのはやっぱり変だね。そんな力なんであるわけないか。てなことをグルグルと考えていて、「寝ようかな」になってしまうわけであります。
余計なお時間を使わせてしまいました。寝ます(笑)。そう、蝉、鳴いてますね。先週かな、どっかのワイドショーが「蝉が鳴かないのは地震のせいか」という特集をやってました。煽り過ぎだよね。冷夏や台風で成長が遅くなっていた、ということなんでしょう。でも、蝉の声を聞いて安心しました。
そうだ、もう一つ。拓郎さんの「夏休み」にまつわる妙な解釈が広まってるんですね。あの歌は原爆投下直後の広島のことを歌った、というんですけど、全く違いますよ。鹿児島にいた子供の頃を歌ってるんで、そんなことはありえないわけですが。まあ、歌ですからね。その時代が生んだ新しい解釈ということになるのかなあ。
それにしては、突拍子もない、根も葉もない、という感じです。ということで、曲への流れは「夏休み」でしょうか。じゃ、お休みなさい。