とかって自分で書いたりするようになるとは、若い頃はもちろん、50代になってからもなかったでしょうねえ。どっか照れくさいというか気色悪いというか、感謝の気持ちとかを内心持っていても、なかなか出すのはためらわれるというタイプでありました。
一重に年令。年。そんなに先が長くないという認識。これは自分のことというより母親の年令ですね。オヤジは6年前に死にましたから、その辺からかな、変わったのは。そうなんですよ、明日、姉弟とオフクロと一緒に房総の海を見に行くんですよ。
去年、一回、弟とは行ったんですが、今回は姉も一緒。去年も書きましたけど、オフクロは今年90かな。足が弱ってきて、杖を突いて歩くのがやっと。これが最後かも知れません。オフクロは戦前に外房でボデイボードに乗っていたというお転婆だったみたいで、外房の海が見たいと言っております。
「BAYFM」の「MIND OF MUSIC」が終わって一旦東京駅に戻って集合。お天気は何とか持ちそうなんで、いい小旅行になれば、です。実は、この日は偶然だったんですけどね。連休を避けた日曜日で取れやすいのがこの日だったということで、母の日と気付いたのは最近でした。怪我の功名ね(笑)。
そういう心境の変化もあるのかなあ。昨日、外で一人で食事をしながら読んでいた本で、不覚にも涙ぐんでしまいました。「Railways」という本だったんですけどね。たまたま本屋に寄ったら、レジの所に積んでありました。映画の招待券と一緒にだったんでつい手が出たんですよ。
そういう映画が公開されます。そのノベライズ。つまり、映画の台本やストーリーが先にあって、それを後から活字の小説にしたという形。ですから、小説としての完成度は、さほどでもないですが、ストーリーは伝わるようになってます。
どんな話かというと、49才のエリートサラリーマンが、重役寸前のポストを捨てて、島根県の方のローカル鉄道の運転手になるというお話。そこには、親友が工場長をしている工場を閉鎖せざるをえなくなって、その結果彼が自殺してしまうとか、夫婦仲も行き詰まってるとか、娘との断絶も極まっているとか、いろんな背景があります。
で、子供の頃の夢だった電車の運転手になって、癌で余命幾ばくもない田舎の母親に、その姿を見せたい、というストーリー。泣かせましたねえ。食事をしながら鼻をすすってしまうくらい。そういう善良な話に泣けてしまうのも年なんだろうなあと思います。子供の頃に”鉄っちゃん”だったせいもあるのかな。
大学に入るまで、”鉄っちゃん”でもありましたからね。ポップスと鉄道と野球。そんな三題話が僕の10代であります。親父が芯だ時、実家に行ったら、「鉄道ピクトリアル」という鉄道雑誌が5、6年分、ファイルになって残ってました。
映画のプロデユーサーは「ALWAYS・三丁目の夕日」の人でした。あの映画が東京の人情話だとしたら、「Railways」は、田舎を舞台にしたそういうお話でしょうね。そこにも母親が出てきました。田舎のお母さんという感じでしたけどね。
さて、結構書いたな。「NACK5」から仕事場に、戻ってきて、これから一本原稿です。あ、沖縄のコメント、ありがとうございました。興味深く読ませて頂きました。東京の音楽業界が一番沖縄を利用している。70年代に喜納昌吉さんが言ってました。
沖縄話は、また改めて。さて、母の日の曲かなあ。明日、PCは持ってゆきませんからね。SEAMOの「MOTHER」かな、ちょっと照れくさい。鉄道ソング。いっぱいありますねえ。みゆきさんで「ホームにて」かな。あの曲を聴くと釧路の駅を思い浮かべます。北海道、良いだろうなあ。じゃ、また。