という新人のライブとかインタビューがあるとかではありません、って、当たり前か(笑)。いや、わかんないよね。今、とんでもないバンド名とかありますからね。キュソネコカミ、とかね。Official髭ダンデイズムだってそうですよ。インプラントというバンドが出て来てもおかしくありません。
全員、歯医者さん志望とかね。Greeeenだったそうだったわけですから。メンバー全員がインプラントを入れているとか。CDを購入してくれた人の中で抽選で無料で入れてあげますとか。虫歯のない人入場お断りとか。入れ歯限定ライブがあったりして。老人ばっかになるね(笑)。
ということじゃなくて、入れるんです。あれ、この前入れませんでしたっけ、でしょう。別のところなんですよ。厄介でしょう。一昨年、入れて頂いた時にお医者さんから、これで一件落着というわけにもいかないんですよ、と言われてたんです。
その時は、どういうことかな、と思ってたんですが、そうなりましたね。インプラントは強いんで、他の歯とのバランスが変わってくる。その中で弱い歯が脱落してゆくことがある。簡単に言うと、一つのグループの中に強い集団が入ってきて頑張ると、それについていけない人が出てくる。
野球チームでもいいです。9人のアマチャアチームに2人くらいプロの選手が入ったりすると、無理して怪我する選手が出てきたりする。そういう歯が出てしまいました。隣の歯でしたからね。そこをどうするか、という中でインプラントにすることになりました。
もちろん、一本だけですから、前回のような治療にはなりませんが、それでもそれなりの費用はかかります。一昨年、それでハワイは辞めました。今年も駄目かもしれませんが、そんな状況じゃなくなってますし。新番組も始まるし、思い切ってやってしまうことにしました。
もう、一生、歯医者さんのお世話になるんでしょうね。若い頃の不摂生のつけね。シンナーのやり過ぎです、という冗談を言ったら、「え、そうだったんですか」とマジに驚かれたことがありました。そう見られてるんだ、とこっちが驚きましたけど(笑)。
子供の頃に歯磨きを怠ったせいです。姉弟で僕だけボロボロ。カミさんも虫歯一本ない。予定外の出費に恨めしそうです(笑)。先生は、一日で入りますよ、と言ってくれてますが、どうなるんでしょう。明日は、ANAの機内放送の収録。明後日の予定だったのを、怖いんで歯医者さんの前に変えてもらいました。
昨日書いた新番組、東京以外はほとんど聴けると思います。FMです。もう少ししたら、詳しくお知らせします。というわけで、歯の歌、あるかなあ(笑)。BOO/WY、「唇にジェラシー」。氷室さん、ロスでコロナ肺炎をどう見てるんでしょうね。じゃ、おやすみなさい。
だけじゃ分かりませんよね。僕もまだどこに落ち着くかが見えてません。とはいえ、始まる事は決まってるんです。残念ながら東京では流れないんですが、4月の第一週から。週末の早朝になるのかな。どんな番組にするのか、最初のミーテイングがありました。
という状態なんで、そんなに詳しい話はしようにも出来ません。でも、こういう話があるだけでありがたいなあとしみじみ思います。だって、こういうご時世ですよ。色んなジャンルでフリーランスの人たちが音を上げている中で前向きな話が飛び込んでくるんですから。
ライブもなくなってしまって、自分が何者か分からなくなってる。こうなると、自分にとって「ライブとは何か」みたいなことも考えるんです。もちろん、一番好きな場所、というはありますけど、そういうことだけでもない。
僕はミュージシャンだったことがありません。楽譜も読めないし楽器も弾けない。本来なら音楽を語る資格なんかないと言っていいでしょう。そういう人間が音楽と一体になれる、なった気になれるのがライブでもあるんです。
それはお客さんと同じでしょうね。その頻度が多いし、それを語ったり書いたりすることでより自分のことに感じられる。自分が一人で生きてるんじゃないと思える場所でもある。世間や世の中と繋がっていると思える時間でもある、ということなんでしょうね。
そういうことがようやく整理されるようになった感じですね。そんな風に意識しながらではなく、そこが一番居心地のいい場所だった、というだけなんですが。でも、そういうことも含めて身を助ける事になってるわけですから、ほんとにありがたいです、としか言いようがありません。
新番組も、そんなこれまでがあったからでしょう。2020年は1970年からちょうど50年。音楽シーンがどう変わったかというような話がしやすい。3枚組ベスト「青春の遺産」が発売になったURCの50周年やジブリの機関誌「熱風」で連載している「作詞家・松本隆の50年」もそうですね。
ジジイに出番がある(笑)。昔の人は言いました。「長生きはするもんだ」、これかな(笑)。もうちょっとやることがありそうです。詳しいことはまたお伝えします。というわけで、曲ですね。徳永英明さん、「壊れかけのRadio」を。プロデユースは瀬尾一三さんです。じゃ、おやすみなさい。
”さん”なし、でした。他意はないわけでありまして、ゆずさん、というのは何か変だなと思って書き出したら、こうなってしまった、というだけですね。単なる語呂。字数が合わないとか、その程度のことであります。
昨日、「毎日新聞」の「今月の特選盤」のことを書きましたけど、かなり迷ったんです。ゆずの新作「YUZU TOWN」、宮本浩次さんの初のソロアルバム「宮本、独歩」とASKAさんの「Breath of Bless」という三枚も含んだ中でどれにしようかなあ、と思っての結果でした。
それぞれ興味深いんです。ゆずの「YUZU TOWN」は、タイトルにあるように「街」がテーマ。前作もそうでしたけど、ここ数年大きなテーマの曲、簡単に言えば応援歌的な歌が多かった彼らが、「街」に戻った、という感じのアルバムでした。
彼らの地元の横浜チャイナタウンを舞台にした曲もありますし、初めて東京で路上をやったという公園通りを歌ったものもある。聞いている人の背中を押すんだ、という意志がこもっている、というよりも身軽になってあの頃を思っているようなアルバムだったんです。
宮本浩次さんの「宮本、独歩」は、その逆ですね。エレカシというバンドを30年以上やってきて、初めてソロになった。バンドでは出来ないことに敢然と立ち向かっている、吹っ切ったようにのびのびと歌っている。こんなのキャラクターのはっきりした人なんだ、という発見に満ちてます。
歌の演技力、というんでしょう。椎名林檎さんと去年やった「獣ゆく細道」が良かったんでしょうね。もっとやっていいんだ、ここまでやっていいんだ、と思えたんでしょう。表現を大きくする、大胆に様式化する。こういう男性、いないよなあ、というアルバムでした。
考えてみれば、エレカシの個性も彼の演技力に拠っていたんだな、と改めて思いました。シャイで真っすぐ、武骨なんだけど、どこか人懐っこい。そう言えば、ステージのアクションとかも歌舞伎みたいなところがありましたよね。
ASKAさんの「Breath of Bless」は、彼の自信作でしょう。迷いがない。思ったこと、歌いたいこと、作りたい音楽が凝縮されている。「歌になりたい」という曲もありましたけど、音楽に同化している。去年からのツアーもそうだったんですよ。このツアーのために今までがあった、という気がしたくらいでした。
で、それぞれに魅力的なアルバムがありながら、amazarashiの「ボイコット」にした。やっぱり理由があるんです。ゆずのアルバム特集は、他でやることになってます。宮本さんのアルバムもどこか他で書けそうかなという気もしました。
ASKAさんはNACK5「J-POP TALKIN’」でインタビューもしました。もう一つ、付け加えれば、僕なんかの出る幕じゃない、というか、ちゃんと売れますよ、という感じもしたわけです。amazarashiは、まだ、そこまで行ってないとしたら、ちょっとでも力になれるかな、ということでした。
東京の大手メデイアで紹介されることもまだそんなに多くないでしょうし微力ながら、と思った次第です、というようなことを書く必要があるんだろうか(笑)。でも、音楽のことについて書く場所がどんどん少なくなってますからね。こんなアルバムでした、ということで。
ライブはなくても音楽は聴けます、と自分を納得させるしかありませんね。曲です。宮本浩次さん「昇る太陽」を。今日が初日だったツアーも延期になったようです。いつまで続くんでしょうか。早く、明るい太陽が昇ってほしい。じゃ、おやすみなさい。
というバンドがいます。と言ってもメジャーデビューしてすでに10年目。昨日、3月11日に発売になったアルバム「ボイコット」は、5枚目です。中堅と言っていいでしょうね。一昨年には初めて武道館公演を成功させてます。
「毎日新聞」に「今月の特選盤」というコラムがあるんです。毎月一回ですね。評論家の富沢一誠さんと毎日新聞の川崎浩さん、レコ大の審査委員長ですね。その二人と僕の3人が一枚を選んで書くわけです。締め切りが今日。どうしようかなあと思って、このアルバムにしました。
と言っても僕も彼らへの認識を持ったのは、そんなに古くない。前作なんです。2017年のアルバム「地方都市のメメント・モリ」の時でした。タイトルに惹かれて聞いてみてインパクトを受けました。メメント・モリ、というのは、ラテン語で「死を思え」という言葉ですね。
もう20年くらい前かな。藤原新也さんの「東京漂流」という本の中でその言葉を知りました。Mr.Childrenのシングル「花-Memento-Mori」でも使われてましたね。「地方都市」と「メメントモリ」という言葉の組み合わせが印象的でした。
amazarashiは、作詞・作曲・ヴォーカル・ギターの秋田ひろむさんを中心にしたバンドですね。バンドですけど、アルバムは色んな音も入っていて多重録音ぽくもあります。朗読のような曲があったり、叫びのようであり、ロックバンドのアルバムという括りは出来ません。
僕は行けなかったんですが、初武道館のタイトルは「朗読演奏実験空間 新言語秩序」ですからね。音と一体になった言葉の実験という挑戦的な姿勢もあります。小劇場的というんでしょうか。言葉の緊張感は歌詞は思えないくらいに劇的です。
amazarashiというバンド名は、「僕らは日常の悲しみと苦しみの雨に曝されている」という意味だそうです。秋田さんは、青森在住。地方都市の現実を見据えてきた人でもある。東京からは見えない閉塞された心情が迫ってきます。
タイトルの「ボイコット」というのは、自分を「ボイコット」している相手をどこまで「ボイコット」出来るか、という意味だと思います。偏狭さに負けない意志。「拒絶の拒絶」。笑おうとして笑えない、抗う人の抒情詩。溢れんばかり、押し寄せんばかりの言葉は強烈でした。
無理だろうなあ、とは思いつつインタビューをお願い出来ませんか、と申し込んだんですが、東京に来る予定がありません、とのことでした。アルバムを聞いた限りではインタビュー好きとは思えませんし。でも、機会が来れば話をしてみたい人になりました。
歌詞の中に「私たちの手の中に言葉を取り戻せ」という一節もありました。ロックを通した言葉の生々しさの復権。刺激的でした。アルバムの発売日が昨日、3月11日というのもこだわりでしょう。というわけで、曲です。アルバムのリード曲「とどめを刺して」を。
昨日とは打って変わった黄色い満月でした。同じ時間なのに、何でこんなに違うんでしょうね。星座への知識がなさすぎます。じゃ、おやすみなさい。
風が強いせいでしょうね。雲がかかってなくて綺麗な月が浮かんでました。真っ白なニッケルみたいなお月様。大きな一円玉という感じですね。黄色い満月じゃなかったのは季節のせいでしょう。注意してみないんで気付きませんでしたが、今ごろはこういう月なのかもしれません。
あの日から9年。もう、なのか、まだ、なのか。両方の感覚がありますね。今でも鮮明に覚えているシーンもあるし、そう言えば、どうしたんんだっけなあ、と思い出せないことも結構ある。でも、少しでも思い出さないとそのうちに忘れてしまうでしょう。
何度か書きましたけど、あの日、「毎日新聞」のビルの中の喫茶店で、毎日新聞から出た僕の本「70年代ノート」の宣伝の打ち合わせをしてたんです。2時46分か。立っていられない揺れでビルを出て、反対側の皇居のお堀端に避難してました。
電線もビルも揺れてる。毎日新聞のビルのエレベーターホールが倒壊したんです。そのうち救急車のサイレンが聞こえてきて、千葉の方で火災が起きたという噂が流れてきた。ここにこうしていても、というんで新宿まで歩いたんです。
寒かった。新宿についてもバスに乗れない。どのくらい待ったかな。どうにか乗ったものの、青梅街道が全く動かない。二時間以上かかって永福町について、そこからまた歩いた。最終的に8時間。足が棒のようになってました。でも、その時は津波のことも原発のことも知らなかった。
何が起きたのか知るのは、翌日ですね。カミさんも帰れずい立川のネットカフェで泊まって体調を崩して寝込んでしまったり。その後の余震や計画停電の中での日々はみなさんと同じでしょう。日本はどうなるんだ、と思ったのが、ずいぶん前のように感じます。
あれから9年。まさか、こんなことが、というのが今年、ということになりますね。全国の学校が休校になってしまったり、コンサートやイベントが中止になったり、高校野球もプロ野球も出来なくなった。そういう意味では、あの時よりも深刻という言い方も出来ます。
みゆきさんのツアーの札幌公演もなくなりました。まだ代替え日は決まってませんけど、中止にはならないでしょう。延期。すごいことです。とんでもないことです。あの時も、誰も責任を取らないまま時間が経ってしまいましたけど、今回はまだ先も見通せません。
みゆきさんのツアーの取材をしたい、とヤマハに打診した時、参考のために、と読んでもらったのが浜田さんの2011年のツアーを取材した「僕と彼女と週末に」だったんです。でも、あの時は震災という非常事態が背景でしたから、同じようなものにはならないだろうなとも思ってました。
ところが、ですよね。まさか、こんなことが、という事態になってます。もし、ツアーが最後まで出来るとしたら、こういうことも書くことになるでしょう。どうなるんでしょうか。2011年は、浜田さんのツアーに同行できてほんとに助かった、と思ってるんです。
助かった、は変かな。でも、あのツアーがなかったら、何もできない自分に悶々としたまま時間が経ってしまって、ずっと後悔めいた自責の念を持たなければいけなかったでしょう。ボランテイアに行ける年じゃありませんでしたし。
J.S. Foundationの佐藤代表と一緒に被災地の幼稚園を廻らせてもらったり、ほんとに微力ではありましたけ現地の模様をこの目で知る事が出来ました。その佐藤さんも他界されてしまいましたし、そういう意味では9年。時間が経ったなあということになります。
2011年と2020年。今起きているこの出来事から立ち直ることは出来るんでしょうか。そして、2011年のあの惨劇の責任は、あいまいなまま時の流れの中に埋もれてしまうのでしょうか。今のこの事態は、この後どこに向かおうとしているのでしょうか。
感慨深い3・11になりました。被災された方に改めて合掌です。あの日のために、そして、来るべき日のために。曲ですね。浜田さん「僕と彼女と週末に」を。じゃ、おやすみなさい。
無事終わりました、というのは変か。何か心配事があったわけでも、大丈夫かなと思っていたわけでもありませんからね。昨日、書いたように楽しいインタビューでした。あっという間の約50分。もっと話していたい、という感じでした。
アルバムがすごいんです。ベストアルバム「YOUR STORY」。4枚組52曲。ベスト盤なんだけど、代表曲を集めました、というんじゃない。それぞれのアルバムに主人公がいるようなキャラがある。一枚ごとにドラマがある。13曲に起承転結が織り込まれている。
キャッチフレーズ風に言うと「愛とはこんなにも苦しくて愛おしいのか、女とはこんなにもいじらしい生き物なのか」という感じでした。人と人がめぐり逢って愛し合う。その喜びや悲しみや裏切りや疑心暗鬼や未練や後悔。そこから立ち直って歩き始めて行く。
でも、予定調和じゃないんです。どんな失恋や挫折の涙も、その後には虹がかかる、というようなお決まりのストーリーじゃない。4枚のアルバムの最後にこれでもか、というオチがついている。JUJUの歌も劇的でした。英語の歌だったら、こんな風にドラマチックにならないだろうと。日本語の良さを感じたりしました。
デビュー16年。その間で歌に対しての姿勢がどう変わったか。それぞれのDISCの「核」になっていると思われる曲を取り上げながら話が聞けました。かなりざっくばらん。ぶっちゃけ。意外に思われる方も多いんじゃないでしょうか。アルバムを聴く時間とかも入れて一日JUJUでした。
自粛期間、まだ続くんですね。何が動いていて、何処に向かっているのかが皆目見えてきません。緊急事態だの私権制限だの、締め付けばっかりが先行しているように思えます。昨日の「毎日新聞」の「夕刊」に”コロナに便乗してしようとしていないか”という大きな記事がありました。
同感なんです。やってほしいことをやらずに、この機に乗じて自分たちの支配を強めようとしてるように思えてなりません。感染者の発生が少ないのは、ちゃんと検査してないから、なんでしょうし。相撲も野球も、やっぱり無観客は不気味です。
というわけで、やっぱりこういう話になってしまいました。しょうがないか。曲ですね。アルバムにこの曲が入っていて良かった、と思いました。この曲、好きなんです。思わず聴き入ってしまい、涙ぐみそうでした。JUJU「ANTIQUE」を。聞いてみてください。じゃ、おやすみなさい。
NACK5「J-POP TALKIN’」のインタビューです。4月8日にベストアルバム「YOUR STORY」が発売になります。JUJUのインタビューはいつ以来だろう。一昨年の秋かな。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」で「ユーミン特集」をやった時以来かな。
アルバムは何と4枚組。全52曲もあります。それぞれ13曲。聞きごたえあります。今日、スタジオジブリの機関誌「熱風」の松本隆さんについての連載の原稿を区切のいいところまでやって、後はJUJU時間。でも、アルバムはまだ二枚目。明日のインタビューまでに全部聞かないとという感じです。
全52曲。全部ラブソング。すごいですよお。それぞれのアルバムにSTORYがある。タイトルがついていて「Theather RED」「Theather PURPLE」「Theather PINK」「Theather BLUE」。色が違う。真っ赤な愛、痣のような愛、色っぽい愛、青い愛という感じでしょうか。
でも、改めて思ったのはJUJUの熱唱ぶりですね。こんなに渾身の想いを込めて歌っているのか、という発見。これまでも何度かインタビューしてますけど、その中でも「喉から血が出るほど歌いこむ」という話を聞いたことがありました。そんな言葉を裏付ける曲ばかり。
日本でのデビューが2004年。去年は15周年。その区切りもあるんでしょう。デビューして2年は全く売れなかったという苦い思いも経験してからの積み重ねがどういうものだったのか。英語で歌っていた人が日本語に開眼するようになったのはいつ頃だったのかとか。聞いてみようと思います。
JUJUのインタビューは楽しいんです。会話の回転が速い。ニューヨークに8年かな、暮らしていたこともあるんでしょう。会話のテンポが気持ちいい。ウイットにも富んでいる。東京出身じゃありませんけど、江戸っ子っぽい感じなんです。会話を楽しめるといいなあと思いますね。
丸々一日仕事場。スピーカーを少し良いものに替えたんです。ずいぶん違いましたよ。長時間聞いていても疲れない。ほんとはスタバでやりたいんですが、何せ、難聴ですからね、イヤホーンは避けないといけない。”スタバ流民”は一休みであります。
時々咳も出ますからね。周りの目も気になりますし、喫茶店は居心地が良くありません。でも、どこで聞いても、いくつになってもラブソングはいいな、と思わせてくれるアルバムです。まあ、もはや自分のこととは重なりませんけど(笑)。
というわけで、アルバム52曲の一曲目を。JUJUで「やさしさで溢れるように」を。そんな世界になりますよう。じゃ、おやすみなさい。
昨日、喉の薬をもらいに病院に行ったんです。あまり混んでない時間帯を見て行ったということもあるんでしょうけど、空いてました。拍子抜けという感じでしたよ。こんなに騒ぎになっているんだから病院は患者で溢れている、と思ってたんです。全然そうじゃなかった。
先々週行った時もこんなじゃなかったですからね。もっと混んでいた。周りの様子を見ながら出来るだけ離れた所で待っているという感じでした。何でだろう。ひょっとして、みんな病院を敬遠しているのかもしれないなあ、と思いました。病院で感染する、みたいなイメージがあるからでしょうか。
僕もすぐに咳の検査をしてくれて肺には問題ない、と言われましたからね。もちろん、コロナ肺炎のPCR検査とは違うんで比較は出来ないでしょうけど。やっぱり少しでも具合が悪い時にはすぐに病院に行った方が良いのではないかと思います。何でこんなこと書いてるんだ(笑)。
でも、病院は飲む薬と吸入の薬をくれたんです。吸入の薬は、去年ももらったものなんですね。ただ、副作用で声が嗄れるということがあって、あまり使いたくないと思ってた。そうしたら、ですよ。ニュースでコロナ肺炎が直った喘息の薬というのを紹介していて、なんとその吸入薬でありました。
え、これ、という感じ。自分の身近にある薬が世界を震撼させている感染病に効果があった。不思議な感覚ですよ。そんなに特別な薬じゃないはずなのに。これで直るんだったら、どんどん使えばいいと思うのですが、そうはならないんでしょうか。
妙ですよねえ。普通に考えても不可解なことがたくさんある。韓国では日に1万人も検査できるのに、日本では半分にも満たないとか。学校を休みにして学童保育を奨励する。どちらが感染しやすい環境かは判断材料になっていないとか。何で日本がイタリアとかと一緒にされるのかとかね。
感染規模で言えば、そこまで行ってないのに、世界からそう見られているのは何故なんだろうとか。結局、正しい情報が伝わっていない。対策がそれに沿っていない。色んな人が言ってることではありますけど、科学より政治が優先してしまってる。少なくとも音楽や演劇の世界にとっては、未曾有の危機と言っていいでしょう。
未曾有ね。読めなかった大臣がいましたね。そう言えば、この間、総理大臣は”目途”を読み間違えてました。どうでもいいことなんでしょうけど、そんなことまで気になってしまいます、とまたしても愚痴。滅入り愚痴。滅入りーゴーランドね。全然楽しそうじゃないか(笑)。
仕事はやってます。今日、NACK5「J-POP TALKIN’」の加山さんのインタビューの完パケ。二週間ぶりに大宮に行きました。遅まきながらマスク受け取りました。ありがとうございました。心から感謝してます。曲ですね。THE ALFEE「メリーアン」。滅入りーアン(笑)。じゃ、おやすみなさい。
結局、検査は陰性だったんですね。「やっている」という証拠は出なかった。「もう長いことやってません」という彼の言葉は真実だったことになります。でも、そのことはあんまり報道されていないようにも思えました。されていたとしても「陰性だった」という簡単な記述で終わってたんじゃないでしょうか。
多分、世間のイメージはクロ。逮捕された時点でそれは決まります。この後の結果がどうなるにせよ、そうやってついてしまったイメージを消すことは無理でしょう。そして、今日、起訴されました。容疑は「やっていた」ではなくて「持っていた」です。
つまり、「やりました」「やってません」ではなくて「持ってました」と「やってません」という二つの事実に対しての判断だったことになります。そして、落ち着いたところが「持ってました」に対しての罰、でした。
確かに時効は7年だそうですから、2年前の「持ってました」は、対象になる。それに対しては仕方ないでしょうが。そう、が、なんです。その後の「やってません」は、どうなるんだろう、と思うんです。あの時「持っていた」ことよりも、長いこと「やってません」の方に意味があるんじゃないかなあと。
「やってない」人を「持っていた」ことで断罪出来るんだろうか。これは私生活の領域なんで、何とも言えませんが、「持っていた」のが自分の意志じゃなかったと言えないこともないわけです。そこから抜け出そうとしていたとも思えるわけです。
「やってない」数年間を捨象してしまって、「持っていた」頃に戻れ、ということにならないんでしょうか。「やってない」努力をどう評価するんでしょうか。これは起訴された後の裁判の判断材料ということになるんでしょうけどね。あまりに後ろ向きな気がするんです。
さっきも書きましたけど、一度ついた「やってる奴」「持ってた奴」というイメージは消えませんよ。特に30周年を踏みにじられたことであまりある償いを負わされてます。祝福されるべき年をこんな風に奪われたことをどう思えばいいんだろう。めげるなマッキーです。
コロナ肺炎の休業補償に案の定、フリーランスや非正規雇用は含まれませんでした。ミュージシャンはほとんどフリーランスです。ライブ関係者もそうです。廃業する人、転職せざるを得ない人、出てくるしょうね。そういう仕事につく人がどんどんいなくなるかもしれません。
ライブ悪玉説も出てくるでしょうし。救われないフリーランス。今日も滅入ります、またしてもね(笑)。今日、施設に行って置いてきました。生ものは駄目なんで、三種類の佃煮。姉弟3人から、という感じ。働いている方達、大変そうでした。ご苦労様です。
というわけで、今日も松田聖子さん。頭の”中”だけです(笑)。曲ですね。「瑠璃色の地球」を、新型肺炎が広がっている地球は何色なんでしょうか、じゃ、おやすみなさい。
謝絶、ということでもありますが。会いたい人に会えないという意味は同じなんでしょうが、ニュアンスがちょっと違いますね。「面会禁止」と「面謝謝絶」。「謝絶」の方が重大事という感じかな。緊急度が強いですね。
何を書いてるかというと、オフクロがお世話になっている施設がずっとそういう状態なんです。インフルエンザが流行り始めた2月半ばからそうなって、一旦は部屋に行かなければ大丈夫です、と緩やかになったんですが、コロナ肺炎で再び、そうなりました。
明日、オヤジの命日なんですよ。毎年、その日前後には姉弟と施設に顔を出すようになっていたんですが、今年はそれが出来そうになくなってます。まあ、かなり認知機能も衰えが来ていて、一か月くらい前から毎日、今日が3月4日だと思うようになってたみたいなんです。
99ですからねえ。しかも、そういう施設で一人でも感染者が出ると命とり。それこそ水際対策でしか守れない。こういう状態で職員の方への負担はいつも以上でしょうし。何とか頑張ってくださいと願うしかないわけです。
それにしても全部が現場まかせ。通達や告知はするものの、具体的には何も伝えずに現場に押し付ける。高齢者施設もそうでしょうし、学校もそうなってますよね。働く人のことを考えない。こういう時に「国の形」が露呈すると思うのは僕だけでしょうか。
毎日、こんなこと言ってますね。笑えないね。でも、今日、昼間、松田聖子さんを聞いてましたからね。スタジオ・ジブリの連載「風街とデラシネ・作詞家松本隆の50年」の原稿に取り掛からないと、ということで頭を聖子さんにしてました。
聖子さんカットにしたわけじゃないです、(笑)ね。当たり前ですよね。73で聖子さんカットにしてどうする。気持ち悪いだろうねえ。ぶりっ子ジジイ。ミニスカート履いたりして、書いてしまってから、げ、です(笑)。
みゆきさんのツアーで先月休載してしまったんです。かなり感覚を忘れてる。でも、曲が明るいですからね。気分転換にはなってます。明日、会えないにしても何か届けるようにして命日、忘れてないからね、と伝えてもらて、また聖子さんを聞きます。
というわけで、曲ですね。聖子さん。「面会禁止と松田聖子」。どういう流れになったんでしょうか(笑)。これ、いい曲だなあと改めて思った曲を。「赤い靴のバレリーナ」。曲は甲斐さん。赤い靴は還暦とは関係ないね(笑)。じゃ、おやすみなさい。