昨日は沖縄慰霊の日でした。この話は昨日書こうかなと思ったりしたんです。でも、直接的過ぎるかなと思って多少躊躇してレーザーの話になった、ということがありました。むしろ、その方がいいのにという方もいらっしゃるでしょうが、微妙ですよね。
何が微妙かというと、今年は戦後80年。改めて沖縄戦のことが語られる年になってます。僕は宅配で「毎日新聞」を読んでますけど、連日沖縄戦の「実相」を伝える力の入った記事が掲載されてます。そういう報道は必要ですし、絶やしてはいけないわけですが、その一環のアルバムみたいなのも少し違うかなと思ったりしてます。
彼らの音楽は戦争の犠牲になった沖縄というだけでは語れません。BEGINは2000年から「うたの日」というイベントを続けてますけど、「反戦」「平和」みたいに捉えられることを避けてましたからね。それがいけないということとも違います。
それとは別に沖縄の人達の心の拠り所になってくれた「うた」に感謝する日であって「平和を考えよう」というイベントじゃない。もっと楽しい、喜べる日にしたい、考える日じゃなくて心から笑って歌えるパーソナルな日にしたい。
アルバムは彼らの35周年なわけで戦後80年とは別。しかも「太陽」は初めて故郷石垣島で曲作りもレコーデイングも行われたという意欲的なアルバムです。彼らがどういうバンドなのか、どんな音楽に影響されてきて、どういうバンドであろうとしてるのかが伝わってきます。
この間、NACK5「J-POP TALKIN’」のインタビューを収録したんです。出演してくれたのは3人。今回のアルバムの最大の特徴は3人が自分の書いた曲をメンバーのコーラスで自分で歌ってる。3人で全曲を語ってくれました。
今まではやっぱり栄昇さんのイメージが強かったですからね。でも、石垣島にいた頃、高校の頃は等さんの組んでいたバンドの方が人気だった。彼はオリジナルも歌っていた。栄昇さんと優さんは同じバンドでだけ洋楽のカバーが中心だった。
そういう一人一人の個性がきちんと出てバンドのアルバムになってる。先々週か、渋谷のクラブクアトロでライブがあったのですが、一曲目が優さんの「海の声」でしたし、本編最後も等さんが音頭をとる「かりゆしの夜」でした。
デビューしてからはそういう余裕もなかったでしょうし、曲も少なかった。デビューアルバム「音楽旅団」の中にメンバーのオリジナルは3曲かな。他は作詞家や作曲家が書いてました。そこから始まって「島唄」を歌うようになって今がある。
そんな軌跡が自分たちの曲と言葉で綴られている。BEGIN=「島唄」、「島唄」で彼らを知ったという人には新しい発見のあるアルバムじゃないでしょうか。でも、締めくくりは「島人ぬ宝」の現代版のような「島唄」、「なんくる君であれ」でした。
ということでこれがBEGINですよ、というアルバム。9月にはホールツアーも決まってます。石垣島に始まった「音楽旅団」の旅。ホールツアーのタイトルも「35年目の音楽旅団のツアー」です。曲です。アルバム最後の曲「なんくる君であれ」を。NACK5「J-POP TALKIN」のオンエアは発売日です。じゃ、お休みなさい。
というイベントがあるんです。以前も何度か書いてきたレーザーターンテーブルを使った「アナログライブ盤聴き語り」。今までは時々行われるだけでしたけど、いよいよシリーズでやれることになりました。というのがいよいよ始まります。
場所は以前、下北沢にあった「アナログ天国」という喫茶店。6月に西荻窪に移転したんですね。まだ行ったことはないんですが、以前は4階で階段がないという年配者には若干ハードな会場でした。今度は路面、階段無し。お店も少し大きくなったようです。
歩くと西荻駅から10数分かかるそうで、前は駅前一分でしたから遠くなったとも言えますが、4階まで上がるよりも良さそうです。ここで毎月一回、そういう聴き語りLiveができます。7月12日が第一回、その後、8月23日、9月20日と予定されてます。
これも何度も書いてますけど、レーザーターンテーブルはかなりの衝撃だったんですね。アナログ盤を針を使うのではなくレーザーで再生する。音が空気を震わせて聴こえるように思ったんです。普通のスタジオ盤でも、レコーデイングスタジオにいるような気分になる。
アナログ盤はその比じゃなかったんです。ほんとにライブ会場にいるみたいになる。まさに「体感」なんですよ。スピーカーを背にして話してると客席の最前列でステージに背を向けてしゃべってるような錯覚に陥るんです。
普通のオーデイオで高価なものとかは一人で部屋に籠って浸るという聴き方が一番なんでしょうけど、そういう感じじゃない。ライブ会場で一緒に聴いているみたいな気分を味わいたい。そういう会が出来ないだろうかということで始まりました。
7月12日はその一回目。どのアルバムにしようか、色々考えたんですが、最初ですからね。お試しということで色んなライブ盤から数曲聴こうということになりました。とりあえず10枚。今はもう叶わないバンドやアーテイストのライブの追体験です。
どんなアルバムにするか。BOOWY、RC、甲斐バンド、浜田省吾、尾崎豊、吉田拓郎、はっぴいえんど、オフコース、アリス、柳ジョージ。懐かしのライブ、見られなかったライブ、もう一度聞きたいライブ。それぞれの思い出話とかしながらやります。
そのうち、あなたの愛聴盤をみんなで聴く、みたいな会になればと思ってるのですが、お時間のある方は是非。お誘い合わせでどうそ。告知はこれです。
近くなったらまた書きますが。とりあえずのお知らせでした。曲ですね。最近、ふっと聞きたくなるのが柳ジョージさん、「雨に泣いている」を。明日は雨みたいです。じゃ、お休みなさい。
という番組があります。毎週日曜日の夜、23時からの30分番組。今年が作詞家生活55周年の松本隆さんとフリーアナウンサー、竹内香苗さんがパーソナリテー。彼が書いた詞を歌った歌い手さん、そういう歌を愛していた俳優さんとか文化人が歌にまつわる思い出を話したりうんちくを傾けたりという松本さん初のラジオのレギュラー番組だそうです。
で、先月、ゲストに来ませんか、というありがたいお誘いがあって収録してきました。自分の番組にお招きしたことは何度かありますけど、いつもはインタビューする側ですからね。今回は僕の方がほとんどしゃべってる。こんなことしてていいのかなと思いながら、新鮮でした。
もう一年以上やってるのかな。過去のゲストを見たら、ほとんどのことが話題になってるだろうなという顔ぶれ。同じような話じゃ意味ないし何がいいのかなと考えて「サブカル」についてあらためて聞いてみようかなと思った次第です。以前は「僕はサブカル出身」と言ってましたからね。でも、この年ですからね。
昔はそうだった、とか、若い頃はね、という話になるかなと思ったら、そうじゃなかったです。こちらの勝手な思い込みですけど、僕の中で同じ時に同じ場所で始まった人、という連帯感があるんですね。彼がエープリルフールでデビューしたのが1969年。しかも場所が新宿の「パニック」というデイスコでした。
僕は新宿のタウン誌「新宿プレイマップ」の編集者。二階が編集部になっていた時計屋さんから「パニック」は数ブロック先。はっぴいえんどのデビューアルバムの字ジャケットを書いていたイラストレーター、林静一さんは「新宿プレイマップ」にも書いていて僕は絵を取りに行ったこともありました。
そこから始まって、立場は全く違いますけど、同じ時に音楽業界の片隅で生きてきた。松本さんが当時言っていた「あっち側・こっち側」を経験してきた。彼が何を書いているのか、いつも気になってました。その上で改めて彼のことを書きたいと思ったのが「風街とデラシネ・作詞家松本隆の50年」でした。
というような話の中で、いかに「作詞家松本隆」が最強作詞家なのか、という話もしましたが、収録、長かったですからね。どういう編集になってるでしょう。でも、二人合わせて153才(笑)。こんな風に話が出来て幸せだな、と思える愛おしい時間でした。放送が22日と29日。お時間あれば。Radikoで是非。
ということで、曲ですね。はっぴいえんどの「風街ろまん」で当時、好きだった曲。「空いろのくれよん」。この曲の話もしました。じゃ、お休みなさい。
かなり時間が経ってしまいました。5月31日と6月1日の東京ドーム。僕が行ったのじは31日でしたからもう二週間か。早いです。こうやって時間があっという間に経ってゆくわけです。その速度たるやどんどん加速されてゆく。どっかで書かないとそのうちに見たことすら忘れるかもしれない。冗談で済まなくなります。
GLAYの30周年。彼らは随分前から30周年と言ってましたからね。15周年くらいからそうだったんじゃないでしょうか。その頃は自分には縁がなくなってるかもしれないな、みたいな気分もありました。そういう話をしたこともあった気がしますね。
それはきっとバンドだからでしょうね。ソロのアーテイストとは違う「年齢」の感じ方があったんでしょう。そこまで関わったバンドがいなかったせいもありますね。ああいう激しいステージを行うロックバンドですからね。
90年代前半デビューのミスチルやスピッツとも違ってましたし。LUNASEAのようにソロとバンドが並行していたわけでもないです。バンドとしての結束、バンドとしての理想形を求め続けてそれだけのキャリアを重ねてゆく。
彼らが50代ということは当然、こちらはもっと年よりになってゆくわけで、いつまでそういうコンサートに行けるかも分からなかった。というようなこともありつつ、去年は30周年アルバム「BACK TO THE POPS」を自分の番組で紹介できました。
NACK5の「J-POP TALKIN’」はメンバー全員がひとりずつゲストに登場するという形でしたからね。ほんとにありがたかったです。で、30周年ライブも見ることが出来ました。セットリストも含めて感慨深かったです。
4月にベスト盤「DRIVE1993~2009」「DRIVE2010~2026」も出ました。あのベストはANAの機内放送で特集したんです。ファンが選んだというランキングが面白かったんで、その順位を紹介しながらでした。
前半「1993~2010」の一位が「pure soul」。それは嬉しかったですけど、というような話じゃなくてライブだ。10年ぶりの東京ドーム。ステージの彼らも30年周年で東京ドームとは思っていなかったでしょう。ファンもそうだったと思います。
その感謝の思いが全編に溢れている。そういう暖かいヒューマニテイは彼らの最大の魅了でもあるわけで、それこそ30年分のありがとうに溢れてました。ストリングを入れたメドレーというのも聴きごたえありました。
しみじみ、というんでもないですが、じんわりと温かい気持ちになる。そういう温度感はその数日前のサザンとは違ってましたね。でも、お互いのキャリアの重ね方とその表し方も気持ち良かったです。
比較してもしょうがないですが、サザンは47周年ですからね。GLAYもまだ先があるということでしょう。でもなあ、GLAYの47周年の時はもうさすがに僕はいないでしょうね。というようなことに感傷的になったりする時期は終わりました。
ともかく目の前のことに感謝しながら生きてゆく。そんな年齢であります。というわけで、祝・30周年。「SAY YOUR DREAM」を。13分を超える大作シングル。「DRIVE」が「2010年」で区切られているのはあの曲があったからだと思いました。
明日は、Beginの35周年ライブハウスツアーの渋谷クラブクワトロ。何年ぶりだろう。少なくともコロナの前以来です。椅子があることを願いつつ(笑)。じゃ、お休みなさい。
愕然、です。呆然です。さっきまでスタバで書いていた原稿を家に戻って続けようと思ったら、保存されてませんでした。同じ番組の原稿に上書きしながらやってたのでタイトルは新しくなってるのに、本文は以前のまま。
帰る時に保存じたと思ったんですけどねえ。保存し忘れた文書の回復という機能があると知って試してみたのですが、残ってない。自分の浅はかさや不注意に呆れても後の祭り。どっかに残ってるんじゃないかと思いつつ、どうにもならない。
以前、同じようなことがあって、その時はショップに持ち込んだら見つけてくれらということがありましたけど、そういう感じじゃないのかなとか。明日、ショップに持って行ってダメだったら時間の無駄ですし。諦めて一から書いた方がいいのかなとか。
誰かに言えば気がまぎれるかなと思って書いてるのですが。カミさんのパソコンのワードは「保存し忘れてます」という注意が出るようなんですが、そういう機能はありません。空しい限りです。こういうことがどんどん増えてます。
気を取り直すしかないでしょうけど。どうやって取り直すんだ、相撲じゃあるまいし。相撲みたいに相手がいるわけじゃないし。いたとしても自分ですからね。いや、パソコンか。勝ち目があるわけがない。
もう、いやっ!寝るしかない。眠れるか。というわけで虚しさ100%。じゃ、お休みなさい。