ドリフとクレージー。 [2008-01-31 02:02 by takehideki]飲んじゃいました。 [2008-01-30 00:24 by takehideki]うーん、地味だ。 [2008-01-29 00:41 by takehideki]腰痛ですねん。 [2008-01-28 00:30 by takehideki]明日の放送。 [2008-01-25 22:47 by takehideki]着ぶくれとぶちゃむくれ。 [2008-01-24 00:50 by takehideki]河島英五さん。 [2008-01-23 00:52 by takehideki]タイツ男。 [2008-01-22 01:30 by takehideki]雅楽と相撲。 [2008-01-21 00:48 by takehideki]BSのテレビ番組。 [2008-01-20 01:29 by takehideki]あれから13年ですか。 [2008-01-18 23:49 by takehideki]東京も寒い。 [2008-01-18 01:35 by takehideki]東京は暖かい。 [2008-01-16 00:03 by takehideki]帯広です。 [2008-01-15 00:31 by takehideki]明日は雪かな。 [2008-01-13 22:36 by takehideki]湘南新宿ライン。 [2008-01-13 00:31 by takehideki]FLOWER TRAVELLIN’ BAND。 [2008-01-12 00:09 by takehideki]BUMP OF CHICKENツアー初日。 [2008-01-11 02:16 by takehideki]アメリカ大統領選。 [2008-01-10 01:20 by takehideki]真似ッ子・トミー [2008-01-09 01:24 by takehideki]ザ・クロマニヨンズと高田渡。 [2008-01-08 01:37 by takehideki]いちごの値段。 [2008-01-07 02:00 by takehideki]残念でした。 [2008-01-05 23:30 by takehideki]初原稿。 [2008-01-04 23:16 by takehideki]休みボケに見たテレビ。 [2008-01-04 01:26 by takehideki]謹賀新年です。 [2008-01-02 01:37 by takehideki]
何の話しになるんでしょうね、このタイトルは。自分でも分かりません。昨日、「駄目だ、こりゃ」を植木等さんと書いてしまいましたけど、何となくいかりやさんみたいな気もしたんで、改めて並べてみた次第ですなんですが。どうなるでしょう(笑)。
クレージーは全く同時代なんですよ。10代の頃の愛唱歌の中にクレージーものはたくさんあります。カラオケで、メドレーになっているヤツがあるでしょう。いつだったか、みんなであれを歌ったときに、全部知ってましたからね。
思い出した。87年のオフコースのツアーだ。あの時「as close as possible」というツアー写真集を作ったんですけど、そこに原稿用紙150枚くらいの、ああいう本につける原稿としては長いルポを書いたんですね。かなり色んなところに同行したんだ。
その時にスタッフの間で流行っていたのがクレージーだったんですよ。何で、流行っていたのかは忘れましたけど。スタッフでありステージにも立っていたTさんが、大のクレージーファンで、移動日に飲みに行っては歌ってましたね。
で、その時も、僕も負けていなくって驚かれたことがありました。それはそうですよね。リアルタイムの10代ですから、記憶力が一番良いときで水ね。忘れないでしょう。青島さんはヒーローの一人でしたし。友達とガチョーンを廊下でやった口です。
クレージーは、渡辺プロの功労者なんですよ。元々はキューバンキャッツと言っていて進駐軍のキャンプを回っていたジャズバンドでした。でも、合間にやる即興がおかしくて、兵隊にお前らクレージーだ、と言われたところから名前が付いてと言われてます。もちろん、その頃のことは知りませんけど。
進駐軍、だって、すごいね(笑)。もう何じゃそれ状態でしょうね。米軍基地のことですよ。彼らは日本に進駐していたわけですから。渡辺プロというのは、米軍基地にミュージシャンを送り込んでいた美佐さんと、そこで演奏していた晋さんの出会いで生まれたんですよね。
日本のテレビ番組の草分けとなった「大人のまんが」は、クレージーのために作られた番組でした。渡辺プロがテレビに進出するきっかけになった番組です。日本のレコード史での”原盤第一号”というのも、植木さんの「スーダラ節」なんですよ。
ま、そんな話しに興味のある方は、ワタクシの「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)を是非、お読み下さい、プロモーションですね(笑)。で、ドリフですよ。クレージーと共通するのは、共に立派なミュージシャンだったことでしょうね。
ドリフがビートルズが日本に来た時にオープニングをつとめたバンドの一組だったという話しは有名ですよね。そうじゃなければ、そんな大役は果たせませんよ。ハナ肇さんといかりや長介さんという厳としたリーダーがいたことも似ているでしょうね。
笑いの質という意味ではクレージーの方が最後まで音楽よりだったということかな。ドリフは音楽的なアドリブの面白さよりも作り込んだギャグに向かいましたもんね。あれは今見ても面白いですよね。CSチャンネルで時々特集してますけど。
もう、ああいうグループは出てこないんでしょうねえ。クレージーみたいなミュージシャンが出てくることはあっても、あの頃のテレビのような媒体との関係は望めないでしょうけど。もし、あるとしたら、携帯とかネットとか一媒体に特化した形では出るかも知れませんけど。
ドリフの方がもう出ないでしょうねえ。テレビ自体があんなに作り込む余裕をなくしてるでしょうし。笑いの質が変わりましたよね。と言っても、またそういう方に揺り戻しが来るかも知れませんが。「全員集合」みたいなお化け番組はもう出ないでしょう。
評論家っぽいっすね(笑)。勿体つけたこと言っているようで、どうでも良いことばっかり(笑)。でも、こういうのって書いてて結構楽しいんですよ。と言いつつとっくに時間になってますね。延長戦に入ってるね。オシムさん、元気そうでしたね。復活おめでとうです。ハンドボールは残念でした。
あ、RADWIMPSの「オーダーメイド」、今週のオリコンチャート一位でした。ビックリですね。時代は変わってるわ。今週の「J-POPマガジン」ではそんな話しも出るでしょう。明日は「モザイクナイト」。”今夜はとことん真冬のハワイ”です。
腰は、重いけど何とか持ってます。そんなわけで、曲は、何だ。やっぱりクレージーかな。植木さんで「これが男の生きる道」を。”帰りにかーあった福神漬けで、一人さみしく冷や飯喰えば”という歌詞ですよ。わびしいねえ、男は。泣けてくるわけっす。じゃ、お休みなさい。
飲むのは辞めようと思っていたんですけどねえ。ついついと言いますか、やっぱりと言いますか。ちょっとだけが、何杯もという、植木等さん状態になってましたね。手元が覚束なくて、キーボードが叩けない、書くのが、まあ、遅いこと遅いこと。おっとっと、ですよ(笑)。
収録の後に、恒例の飲み会があったんですよね。定例会と称してますが。業界の同年配と先輩方数名で行っている飲み会であります。もう一年くらいになるのかな。某放送局と某プロダクション、と言ってもどこだか分からないでしょうけど、言いませんよ(笑)。
フーフー言ってます。駄目だこりゃ(笑)。駄目だこりゃも植木等さんでしたね。違ったかな。谷啓さんだったかな。あ、「週刊ポスト」で連載していた植木さんの伝記は本になりましたね。書いたのは戸井十月。冒険作家としてならしてましたが、今回は、冒険なしですね。
ま、いいや、人のことは(笑)。最初の一杯がウーロン茶だったですよ。腰が痛くてと言ったら、みんな同情気味で、それは大変だ、とか言っておきながら、時間が経ったら、「一杯くらい」とか変わってきて、ついついですね。
そういう時、決まり文句があるんですよね。「アルコールで消毒」とか、言うあれですよ。消毒なんかなるわけないのにね。炎症があるときは御法度なんですよ。でも、そういう馬鹿なセリフに弱いんですよねえ、酒飲みは。ま、そう言うほどの酒飲みじゃないっすけど(笑)。
駄目だこりゃ、植木さんになってますね。また明日ですね。明日の朝、腰の調子はどうでしょうか。昨日、飲まなかったんですよ。そうしたら、結構軽かったんですけど、明日は駄目かなあ。カルカッタはインド、でしたっけ。すみませんね、つまんないオチで(笑)。
ということで、帰り道は遠かった、って歌がありましたね。誰だっけ。チコとビーグルスだ。過ER道は遠かった”とあそこしか覚えてません。じゃ、お休みなさい。ウイッ。ヒック、かな(笑)。
地味ですよねえ。腰の調子が良くないというのは。腰がジミヘン(笑)。何だかミシミシときしみを上げているみたいで、一つ間違うとモザイクが崩れるみたいにグチャグチャになってしまいそうで。おっかなビックリで、それでも時々、ウッと突き上げるものがあったりして。
寒いですからねえ。暖かいところに行きたいです。まあ、こういうのは今に始まったことじゃないわけで、前にありました。2003年だ。そうだ。拓郎さんが文化放送で「セイヤング」をやっていた時だ。リスナーと一緒にハワイ行くという企画があったんですよ。
ツアーはマウイだったんですけど、その前にスタッフも含めて取材でマウイに寄ったんですね。2月だ。その時も寒くて、しかも、それだけの期間不在になると仕事もやっておかないといけないわけで、結構、スケジュールがきつくて、腰に来てしまったんですね。
で、マウイに行けずにオアフだけ行くことになったんですが、向こうに着いたら、直りましたから。ハワイが元々アメリカのお年寄りのリハビリの島だったというのが分かりました。年を取ったら、南の島、というのは、単に団塊オヤジの憧れだったわけじゃないんですね。
そう、ハワイなんですよ。偶然ですけど、今週の木曜日の「モザイクナイト」は、「真冬のハワイ特集」と勝手に決めてありました。どんな内容にするか、さっき考えていて頭を抱えてしまったんですけど。思いつきだからなあ。あー、ハワイ辺り行きたいよねえと誰かが言ったんで、じゃ、それやろうという、感じで決まりました。
去年は今頃、ハワイに行ったんですよね。今年は色んな事情で、行けませんけど。飛行機長いしねえ。そろそろ国内旅行になるのかな。もうフルムーンパスの資格はあるわけですからね。というような地味なことも考えてしまいます。
ま、いいや。暖かくして寝よう。明日は、ACID BLACKCHEERYのYASUさんのインタビュー。ジャンヌダルクのボーカリストです。ソロプロジェクトを発足しました。ビジュエル系話にもなるでしょうね。彼のフェイバリットはBOOWYだったそうですから。
地味なインタビューにならないように気をつけます。腰はボロでも心は錦、って水前寺清子さんも歌ってないか(笑)。今日の曲ですね。ハワイを思って。岡春夫さんで「憧れのハワイ航路」を。はーれたそらー、です。じゃ、お休みなさい。
ですねん。そうなんですねん。昨日の夜から腰が痛いですねん。昨日、出がけに猫のトイレを掃除していて、ピリッと来たんですよ。その時は、そんなでもなかったんですけど、夜に片付けをしたせいでしょうか、股関節が悲鳴を上げてるようで、寝返りもキツイという感じになってました。
昨日、書かなかったのはそれよりも片付けモードに入ってしまって、気がついたら2時を回っていたためなんですけどね。その時もまだそんなじゃなかったんですが。そんなわけで、今日は一日横になって、CD三昧でした。
それも悪くないですよね。日の当たる日曜日に横になって音楽を聞いているというのは10代の時からずっと続いている至福の時間でもありますし。そうやっている時は色んなことを忘れますね。昔は腰が痛いことなんかなかったですけど。
まあ、その程度の腰痛は、一日横になっていれば治るという感じで、今は、どうにか椅子に座って書いてますけど。レギュラーの原稿は最低限やらないといけませんから。何とか、「毎日新聞」の「今月の3枚」はやりました。
今月の一位、というのかな。順位はつけてませんけど、並び方で言うとそうなります。奥田民生さんの「Fantastic OT9」。良かったですねえ。名人的、達人的という感じでしょうか。大げさなところも奇を衒ったところもないんですけど、実に味わい深く心地良いロックなんですよ。
フレーズや音の一つ一つに趣があるというのかな。それでいて過剰じゃない。枯れているという、日本的ないい方をすれば”わびさび”に近いのかな。俳句みたいなロックというと分かりにくいでしょうか。それでいて実に気持ち良いわけです。
音だけじゃなくて、言葉の味わいも絶妙でしたよ。陽水さんと組んだことの成果なんでしょうね。シュールなナンセンスさの中に心情が垣間見えるみたいな技。直接的に物を言わないことの奥ゆかしさみたいなものもあったりして。彼の最高傑作だと思いました。
シングルはRADWIMPSの「オーダーメイド」ですね。これをシングルにするんだ、と思ったくらいに媚びてない。それでいて彼ららしい細やかさと不定型なしなやかさに溢れている。全然テレビメデイアには出ませんけど、10代には届いてるんですよね。今のリスナーは確かだなあと思います。
そんなわけで、昨日書くべき原稿は結局出来ず。今日も予定通りには行きませんでした。色んな事があるわけですよ。寒いときは身体が硬いですから、こうなるんでしょうねえ。椅子もいけないのかな。こんなこと随分前から言ってますけど。駄目な時は駄目なわけで、気分的に追いつめられないようにしないとね。
追いつめられたと言えば、朝青龍と白鵬は面白かったですね。順当な結果というんでしょうか。これで朝青龍が勝ったらできすぎという感じもありましたし。でも、大阪府知事選で橋下さんが勝つなら、朝青龍が勝っても良かったかなと思ったりしますけどね。どういう関連があるのか、自分でも分かりませんが(笑)。
ということで、今日もビタミン剤を飲んでます。腰痛には、ビタミン剤が良いんですよね。今日は奥田民生さん、アルバムの最後の曲「明日はどうだ」を。ギターがダニークーチマー。ドラムはステイーブ・ジョーダン。渋いメンツです。じゃ、お休みなさい。
昨日は失礼しました。忘れたわけでも酔っぱらって書けなかったわけでもなくて、書いたんですよ。でも、何となく後味が悪くて消してしまったんですね。いつもはそんなに読み直したりしないんですけど、気になったんでしょうね。
何を書いていたかというと、昨日の「BS-i」の番組についてでした。感想というか、思ったことを書いていて、気づいたら若干きつくなってしまって、こういうのは直接伝えるべきだよなと思ってしまった次第です。俺だったらこうはしないなあということが結構ありましたからね。ま、テレビは難しいです。
以前BSを録画するのに失敗したこともあって、ライブに行かないで、リアルタイムで見たんですが、ライブに行けば良かったかなと思ったりしました。何だかんだで色んな事が重なって、時間の使い方が微妙ですね。目の前の原稿と単行本とどっちを取るのか、的なこともあったりします。何かシリアスだな(笑)。
作家じゃないからな。じっくりと腰を落ち着けて何かに取り組むというより、目先のことを楽しめてしまうというタイプですし。昔のことよりも今の方が好きだったりもしますし。だから放送が好きなんでしょうね、自己分析すれば。
毎日新聞の担当の人と話していて、近々書きたいライブはありますか、と訊かれて「安室奈美恵とビジュアル系」と言ったら「また、そんなことを」をひっくり返ってました。「ビジュアル系」という言葉が出たのが意外だったみたい。そうかなあ、好奇心そそられたりしません?しないか(笑)。
怖い物見たさ、と言ったりしたら、その方面の人に怒られそうですけど。聴き手だって、そうだと思うんですよね。答えの出ているものはもちろん価値があるけれど、出てないものに答えを出してみたいという野次馬根性はまだありますね。それしかないだろ、と言われそうですが(笑)。
「岩谷時子物語」を取るか、ビジュアル系を取るか、自分でもものすごい選択だと思いますけど(笑)。今、やらなければいけないのは、そういう先達の功績とドラマを記録すること、というのは重々承知なんですけどね。そういうことの出来る人がどんどん他界されてますしね。
何だこのシリアスさは。ぶちゃむくれはどこに行った(笑)。自分がぶちゃむくれになってる感じですね。最近、ちょっぴり食べ過ぎてお腹がどてむくれですけど、ぼてむくれかな(笑)。鍋好きだからなあ。なべむくれ、なんていう言葉はないか。
で、明日は土曜日。大好きな土曜日。やっとこの日が来た、と思える土曜日。いつまでも続いて欲しい土曜日、しつこいか。でも、ほんとなんですよ。どんな休日よりうれしい。やっぱり作家に向いてない(笑)。明日はいきものがかりの後編です。
夜は、どうなるかな。フォークの大御所のライブハウスかデビュー前のインデーズのバンドか。それとも単行本の原稿か。下駄の占いでもやってみますか、下駄なんて履いてないけど(笑)。というわけで今日は早く寝て楽しい時間に備えます。
曲だ。今週のアルバムチャート一位はbankbandでした。「沿志奏逢2」から「歌うたいのバラッド」。オリジナルは斉藤和義さんです。猫の散歩を教えてくれた人ですよ。今年のapbankフェスは7月19日から三日間と発表されました。去年みたいに台風が来ませんように。じゃ、お休みなさい(笑)。
何のことだが全然分かりませんね。自分でも分かってない。何となく浮かんだ言葉を並べただけですけど。着ぶくれは分かりますが、ぶちゃむくれは誰かのことを指してるのでしょうか。単に”くれ”が重なったというだけですねって、こんな説明してどうなるんでしょうね(笑)。
でも、着ぶくれは確かですよ。寒いです。今、外は3度です。股旅につきものなのは三度笠ですが、ねえ、橋幸夫さん。「潮来笠」という歌がありましたよね。”イタコーノイータロー、ちょっとみなーれーばー”というあれです。エタコーのエータローと聞こえてましたけど。石橋エータローさんはクレージーキャッツでしたけどね、何の話しでしょうか(笑)。
着ぶくれだ。寒いです。今日なんて、Tシャツを二枚着て、セーターを着て、その上にカーデガンを着て、なおかつCPジャケットを着て一番上にダウンを着るという感じで、俺は一体何枚着てるんだ、という感じでした。ナンマイダーとかつまらないことは言いませんけど。言ってるじゃんね。
ブクブクですよ。あれだったら、通り魔に襲われても大丈夫かもしれませんね。刃物も通さないダウンコート。防弾チョッキだね(笑)。力道山はお腹を刺されて死んでしまったんですよねえ。あの人もタイツでしたけど。そうだ、僕も下はもちろんタイツでしたよ。
電車の中もブクブクですね。時々、車内放送で、長い座席は7人掛け短い座席は3人掛けとか言ってますけど、それは夏のことでしょ、という感じですよね。長い座席は5人掛け、短い座席は2人掛けという時もありますよ。まあ、僕は痩せてますからそんなに辺りをはばかったりしませんけど、中には申し訳なさそうにしているぽっちゃりさんもいますね。
申し訳なさそうにしてない人もいますけど、もちろん(笑)。ドカッと足を広げて、ふんぞりかえっているぶちゃむくれ兄さんもいます。ぶちゃむくれ、何とか出ました(笑)。でも、あれは怖いですよ。何であんなに足を広げるんだろう。足を広げることで人より広い場所を確保しているという心理的な優越感を味わえるのかな。
股関節を広げるのは大切ですけどね、って何の話しだ(笑)。骨盤を矯正するのには股関節が一番重要なんですって。でも、寒いときに、やると返って腰を痛めますから、気をつけましょうね。着ぶくれのまま体操も出来ませんし。冬の間、スポーツジムはどうしてるんでしょうね。暖房費、大変だろうなって、余計なお世話ですけど(笑)。
来年こそ、薄着で冬を過ごしたいって、気が早いね(笑)。でも、そういう目標は必要じゃないですか。来年こそ、タイツを履かないで過ごしたい。着ぶくれ無縁の強い男でいたい。ぶちゃむくれは相手にしない誇り高き男でありたい。これを年賀状に書けば良かったかな(笑)。
何の話しだったでしょうか。でも、すっきりした感じですよ(笑)。遅ればせながら雪の東京も捨てたものじゃないです。もう殆ど溶けてますけど。それでも所々に残ってますね。残雪とまでは行きませんが。こういうのも「なごり雪」というのかな。何だかあみだくじのようにこの曲にたどり着きました(笑)。じゃ、お休みなさい。
彼のことを書くんで、新編集されたベスト盤を聴いてました。何だか久しぶりに聴きましたよ。というよりあんな風にじっくり聴いたのは初めてかもしれません。いや、聴いたことは聴いていたんでしょうけど、聞こえ方が違ったという方が確かかも知れません。
と言ってもやっぱり70年代はあんまりしっかり聴かなかったでしょうね。実を言うとインタビューをしたことがなかったんですよ。何でかな。彼は関西が主であんまり東京のメデイアには出てこなかったということもあったんでしょう。どうかなあ、僕が縁がなかっただけかな、そっちでしょうね。
今思えば、ですけど、当時、拓郎さんぽいと言われた人は案外逢ってないんだなあと思ったりしました。第二の、とか、再来、とか、ポストとか、色んな枕詞がつきますよね。河島さんも、そんな例えられ方があったような気もします。それだったんだろうな。
きっと、拓郎さんの好きな方にはお分かり頂けるんでしょうけど、第二のとか、再来、とか言われると返って頑なになってしまうんですよね。だったんですよね、か。浜田省吾もそうですね、そう言えば。「浜省ぽいんですよ」とか言われると、妙に構えたりしてました。
何人かいましたよね。バンダナを巻いてテレキャスターを持ってという男性歌手。殆どインタビューもしてません。まあ、そんなに殊更に言うことでもないですけど。そういうタイプで言えば福山君だけかな。彼は音楽の人、という認識がありましたから。浜省フォロワーという感じとも違ってたんですよ。
で、河島英五さんだ。話しが逸れました。何だかしみじみしたんですね。旅・酒・人生、みたいな三題噺が妙にしっくりきてしまった次第です。若い頃は絶対にそんな風に感じなかったでしょうね。彼が70年代から80年代にインドやアフガンに行ったりしてた頃は、僕はロスだニューヨークだでしたからね。
ある年齢にならないとしっくりこない歌というのがあるんだなあ、と今更のように思ったりしました。もちろん、今の歌も好きですし。いきものがかりの原稿もあったりしますけど。70年代の音楽で、今聴くと、違う聞こえ方をするものもまだあるんだろうな、と思います。
彼は48才だったんですね。若かったんだなあ。40代ですよ。今朝の新聞にプロ野球解説者の加藤博一さんが56でなくなったという記事が載ってました。夕刊にはテレビマンユニオンの村木良彦さんが72でなくなったとありました。
村木さんは、テレビジャーナリズムの教科書みたいな存在でしたもんね。「テレビよお前はただの現在にすぎない」という名著がありました。12チャンネルを辞めた田原さんとTBSを辞めた村木さん。両巨頭でした。40代でも50代でも70代でも、やっぱり人が死ぬのは哀しいですよね。
話しが逸れましたね。きっかけは河島英五さんでした。彼の曲を。阿久さんが詞を書いてましたね。「時代遅れ」を。彼も河島さんに何か託そうとしたんでしょう。阿久さんはおいくつでしたっけ。ちょうど70才だ。後10年か。しみじみとした良い曲ですけど、個人的には時代遅れとは呼ばれたくないですよ(笑)。じゃ、お休みなさい。あ、ユニクロのタイツを買いに行ったら売り切れでした(笑)。
寒いです。温暖化の危機とか言いながら寒いのも嫌だなあとか思っているエゴ男です。今日は平年よりも気温は低いんですってね。まあ、たまにはそういう日もないと冬らしくないですよ。寒い日、歓迎って、どっちなんだよね、今日はいい加減モードです(笑)。
ヘラヘラしてますからね、何だか。何でかなあ、自分でも分かりません。タイツを履いているせいかな。タイツを履くと何でヘラヘラするんでしょうか。全然根拠がありません(笑)。チューリップを解散したのはタイツ和夫さんです、違うね。アホですね。
でも、帯広以来タイツを辞められなくなってます。暖かいんですよ。昔風に言うと、股引なんでしょうけど、やっぱりタイツの方が聞こえが良いですね。あ、網じゃないですけどね。想像したりしないでね、網タイツ姿とか、自分でもおぞましい(笑)。
暖かいだけじゃないんですよね。微妙な肌触りが何だか心地良かったりして、作家の下田景樹さんを思い出してしまいました。あの人、妙な格好してたものね。緑色のタイツに紫の髪の毛とかね。あれは何だったんだろうな。でも、快感だったんでしょうねえ、って感心してどうする(笑)。
そう言えばあの人のこと、最近、見ませんね。小説、書いてるのかな。まあ、そんなに真剣に考えることでもありませんけど。やっぱり話しを変えよう、何だか二丁目みたいになりそうで怖い(笑)。テレビに、その手の人が沢山出ているし、昔ほどそっちの世界の人も、隠花的じゃなくなっているんでしょうから、あの辺も流行ってるんでしょうねって、お前の古巣か(笑)。
二十年くらい前は時々、面白がって連れ立って行ったりしたことはありましたけど。もう随分、行ってませんね。でも、独特の審美眼とか、直感力の持ち主がいたりしますね。アーテイステイックな人は多いです。普通の人が見ない面や見えないところを見抜いたりしますし。社会見学として行ってみることは無駄ではないでしょうけど。
で、タイツか、妙な展開になってますよ(笑)。今日も寒かったです。タイツを履いていたら暖かくて助かりました、終わり、という程度で済む話しですけど。ヘラヘラダラダラであります。あ、タイツはあんまり厚くない生地が良いですね。薄ければ薄いほど良いっていうのも嫌らしいか(笑)。
相撲取りは寒くないのかな、ってやっと話しが変わった(笑)。皮膚の作りが違うんでしょうね。そうだよねえ、帯広のライブハウスにTシャツ一枚の若者の結構いましたからねえ。鍛えてるんでしょうね。だって、去年はこんなにタイツに親近感を持ってはいなかったですよ。年々肌の耐寒力が弱ってくるのかな。どうなんですか、タイツ和夫さん、しつこいか(笑)。
夏の間にプールに入ったり、水に親しんだりすると冬、風邪ひかないとか、耐寒力が増すというのは本当でしょうか。去年も水に入らなかったですしね。今年のテーマはそれにしようかな。お肌の耐寒力をつける。お肌、”お”は余計かな、ここは二丁目じゃないしね、ウチの住所は一丁目だ(笑)。
というわけで、タイツ男でした。今日の曲ですね。タイツ和夫さんにしよう(笑)。「サボテンの花」を。真冬の空に揺れている洗濯物にタイツは混じってないでしょうね。でも、わかんないですよ。あの主人公の二十年後。揺れているのはババシャツとタイツだったりするかもしれません。じゃ、お休みなさい。
伝統と伝統、という感じでしょうか。今日、親戚の法事で神社に行きました。僕の方はお寺ですから、普段は、せいぜい初詣くらいにしか神社には行かないんですけど、諸々の儀式、というのかな、段取りの中で流れてくる雅楽を聴いて、あれどっかで聴いたことあるぞと思ったんですね。
ピ~ヒャラ、というあれですけど、相撲の呼び出しの”ひがーしー”というあれに似ている気がしたんですよ。そう言えば、あの呼び出しにもメロデイーがありますよね。これか、と一瞬、何だか大発見をしたような感じでした。
こんなことは相撲研究家の人には常識なのかもしれませんけどね。僕は相撲研究家ではありませんし。熱心なファンでもありません。でも、そうかあと一人納得した次第です。相撲が国技とか言われるのは、単なる勝負事ではなくて、神事という宗教性があるからなんだ、って。
そんなこと今更でしょうけど、いいじゃん、そう思ったんだから。相撲の行司というのは神主さんみたいなものなのかなとか、そう言えば、神主さんに女性はいないなとか。土俵に女性が上がってはいけないの神主さんが男性なのは関係があるのかな、とか。ま、祈祷(というのかな)を聞きながら、そんなことを考えていたわけです。
でも、相撲人気はすごいようですね。日刊スポーツによるとこんなに前売りが売れているのは、記録的なんだそうですよ。朝青龍と白鵬というキャラの違う二人のおかげでしょうけど、役者が揃ったというのはこういうことなんでしょうね。
ウチでも、相撲どうした、なんていう会話が聞かれたりしますからね。こんなことはなかったかもしれません。若貴が人気の時は、割と冷めてましたし。政治にしてもそうですけど、基本的に世襲性というのは好きじゃないですし。
今回はそれとは違う感じですね。二人ともモンゴルというのが良いですよ。しかも、正義派と悪役みたいな対比もありますし。僕は朝青龍派かな。ロックな感じがしますよね、彼には。昔の漫画で言ったら「俺は鉄平」みたいなね。自然児・鉄平。痛快な漫画でしたよね。
あんなに目くじら立てなくてもいいじゃん、と思ってましたから。モンゴルには帰さない、とかいきり立ったりしてましたよね。ま、いいや、こんなことで口角泡を飛ばしてもしょうがないでしょうし。ああいう型破りがいた方が面白いよ、という程度なんですけどね。
今場所、どうなるんでしょうね。というわけで、今日はこの辺で。雪は降りませんでしたね。明日がそういう天気になるそうです。帯広は零下20度になってましたね。たった二日間いただけですけど、帯広、気になってます(笑)。じゃ、今日の曲、何だろうねえ、雅楽と相撲。ピーヒャラピーヒャラか、「踊るポンポコリン」という歌がありましたね。みゆきさんや拓郎さんでおなじみのコーラス名人、坪倉唯子さんが歌ってました。たまには、そういうのを。じゃ、お休みなさい。
昨日もテレビの話しが出ましたね。普段はあんまり見ない方だと思いますけど、やっぱり家に帰ってきたときとか、食事の時はつけてしまいますね。でも、最近は地上波よりもBSやCSの方が多いかな。さすがに地上波のバラエテイは疲れて駄目です。
今日、帰ってきてつけたら、NHKのBSの「黄金の洋楽ライブ」という番組をやっていて、それが何と、BLIND FAITHのライブをやってましたね。ロンドンのハイドパークのフリーコンサートの様子でした。1969年でした。えー、こんなのをやるんだ、という驚きでありました。
BLIND FAITHというのはクリームを解散したクラプトンとジンジャーベーカーとトラフィックというバンドのステイーヴィー・ウインウッドと、もう一人、誰だっけな、ベーシストだ。リック・グレッチという人だ。この人のことはよく知らなかったですけど。
スーパーグループのはしりですよね。でも、アルバム一枚をイギリスとアメリカで一位にしてすぐに解散してしまったバンドです。アルバムは知ってましたけど、その頃、洋楽の雑誌も「ニューミュージックマガジン」くらいでしたし、情報も入ってこない時代でしたから、ライブの写真すら見た記憶がないくらいです。あったのかな、でも覚えてないですね。
それがカラーのラブフィルムですからね。へえー、という感じで見てしまいました。こういう映像はあるんですねえ。そういう意味では良い時代になったということでしょうか。クラプトンが控えめで、出る幕がなさそうに見えたのが印象的で、解散するべくして解散したんだなと改めて思いましたね。
と言っても、クラプトンマニアでもありませんし、洋楽のお宅でもありませんから、へえーという程度で終わりましたけど。でも、BSは音楽番組で面白いものが結構ありますね。この間の「ヒットソングメーカーズ」もそうでしたが。
そうだ、今日、「J-POPマガジン」にBS-iの方が取材に見えたんですよ。放送中の様子とその後にインタビューというのがありました。BS-iというのはTBSのBSチャンネルですね。そこの「SONG to SOUL」という番組でした。
誰もが知っている名曲とその時代、という音楽ドキュメント。名曲物語、みたいな感じでしょうね。まだ始まって三回目だそうですけど、来週の木曜日の放送で「結婚しようよ」を取り上げるというので、来られたわけです。70年代と拓郎さんと「結婚しようよ」という三題噺ですね。
30分くらい話したでしょうか。どのくらい使われるか分かりませんけど、テレビですからね(笑)。でも、そういう音楽番組が増えるのは大歓迎ですね。題材は山ほどあるわけですし、切り口次第でどうにでもなるはずです。
今はあるかどうか分かりませんが、NHKのBSでやっていた「世紀を刻んだ歌」というシリーズは好きでしたね。洋楽ばかりでしたけど、綿密なインタビューと取材。それぞれの時代と音楽という、秀逸な番組でした。やっぱり、NHK、お金かかってるわ、という嫉妬もありましたよ(笑)。
ラジオでそういう番組が出来ないだろうか、と思って作ったのが2001年に民間放送連盟賞のラジオエンターテインメント部門でグランプリをもらった「イムジン河2001」だったんですけどね。これは手前味噌になりますけど、味噌だらけです(笑)。
というわけで、「SONG TO SOUL」、どんな番組になってるんでしょうね。バタバタして美容院に行けなくて、頭がボサボサなのが恥ずかしい、って今更、ですけどね(笑)。明日は、法事なんですよ。寒そうだなあ。曲ですね。久々に「イムジン河」を。じゃ、お休みなさい。