25年前ですね。「MIND OF MUSIC」の中で「J-POP YESTERDAY」という新コーナーが出来たんですよ。前半でレコ直のカウントダウンをやっていて、そこが「J-POP NOW」という名前なんで、対になるようなコーナーを、ということでそうなりました。企画意図ね。
今日は絢香さんのバラードコレクションが特集だったんで、彼女の生まれた1987年の話をしてみたわけですが。が、ですよ。1987年、改めて振り返って、面白い年だったなあと思った次第です。87年ね。ご記憶の方もいらっしゃるでしょうけど、「ロック元年」と呼ばれたんですよ。
じゃあ、それまでのロックは何だったんだということにもなりますが、それは置いとくとして、そういうかけ声があった、ということですね。かけ声をかけていたのは、マザー、ハートランド、ジャグラー、というロック系の事務所でありました。ロック界のマハラジャと呼ばれていた勢力ね。
かなり業界的な話になってますが(笑)。でも、それだけの事務所が軌を一にしたのも画期的だったんですよ。そうやって実現したのが、広島ピースコンサートと「BEAT CHILD」。前者は広島の被爆者養護施設を改築しようという具体的なテーマを掲げたチャリテイコンサート。8月5、6日でした。
僕もオフィシャルライターの1人で行ってました。平和記念式典に初めて行った年ですね。被爆者の語り部の方の話を聞いて涙したり。音楽と社会性という意味では、かなり考えさせられたイベントでした。色々問題もありつつその後も10年続きましたけどね。
もうひとつの「BEAT CHILD」ですよ。8月22日から23日にかけてのオールナイト。熊本阿蘇山の山麓、野外劇場アスペクタ。豪雨、暴風の一夜。山の斜面が土砂となって流れてくるという悪天候。佐野元春、ハウンドドッグ、尾崎豊、渡辺美里、ブルーハーツ、そしてBOO/WY。あんなイベントなかったですね。
「小説・BEAT CHILD」を書いてみたいとずっと言ってるんですけど、色々問題があるみたいで、難しそうであります。そして、BOO/WYのイベント「CASE OF BOO/WY」、更に、解散宣言をした12月24日の渋谷公会堂。面白い一年だったなあ、と改めて思ったんですよ。
その前の年から続いていた浜田さんの二年越しのツアー「ON THE ROAD86」もありました。そうか、「陽のあたる場所~浜田省吾ストーリー」を書いていたのもこの年か。いい年だったんですねえ、と他人事のように思い出してますけど。もう、あんな面白い年は来ないのかな、というようなことを考えるのは辞めよう(笑)。
思い出話が増えますね(笑)。ま、人より恵まれていると思うのはコンサートの思い出が多いことかな。宝物ね。こういう話をしているのが一番楽しいです。というわけで、今日は氷室さんの誕生日。52回目ですね。「BEAT CHILD」で「最高のロックンロールを贈るぜ」と歌った曲を。新曲でした。BOO/WYの「マリオネット」を。じゃ、お休みなさい。